サハラマラソン245キロへ挑戦(2008年3月28から4月7日完走!)
サハラ砂漠を7日間で245キロを走り、しかも7日分の食料と背袋はすべて背負いそれで生活をおこなうサバイバルレースである世界一過酷なサハラマラソンの挑戦記です。その後2009年チリ・アタカマ砂漠マラソン(7日間250キロ)、2010年中国・ゴビ砂漠マラソン(7日間250キロ)を完走し、2010年11月の南極マラソン250キロを完走しました!

サハラマラソンへご支援いただき、誠にありがとうございました!
文房具、Tシャツも多数頂き、サハラの村の子どもたちに渡すことができました☆

2009年世界で最も乾燥したチリ・アタカマ砂漠マラソン250キロ完走。
2010年に中国・ゴビ砂漠マラソン250キロ完走。
2010年に極寒の南極マラソン250キロを完走しました。
この経験からどんなに長い距離でも走れるテクニックを
教本「驚異のマラソン上達法」(ここをクリック)にまとめました。


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クラシックコンサートに間に合わない!
CP2にはヤシの木が群生している。

ヤシの木があると、海岸にいるようで、なぜかほっとした。
休憩するためにテントに行くと、寛平さんが先に休んでいた。
彼は、途中で言い寄ってくる子どもに自分のスポーツドリンクを少しあげようとして渡したところ、たくさんの子どもたちが集まってきて、全部飲み干されてしまったと、楽しそうに語った。
このあたりの井戸の水もけっして透明ではないらしい。
また彼は
「腹減った~。腹減った~」
とひとりつぶやいていた。
本心から出た言葉だ。
本当におなかがすいているようだった。
オレの手持ちの行動食を少しわけようとした。
しかし、持っている行動食がソイジョイと黒糖が入り混じり汚らしいので、申し訳ないと思い、言い出せなかった。
また乾燥梅干もおなかの足しにならないと勝手に判断し、わけることができなかった。
自分の明日の行動食をあげようかと葛藤したが、行動できなかった。

サハラマラソンのルールでは、自分の食事を他の選手に渡すことは禁じられているのだが、オーバーナイトステージでは外国人選手から一口くらいのナッツなどをもらっていたので、わけてあげればよかったと思いながら、彼の背中を見送った。
彼は腹ペコの身体で走り続けたのだった。

次はCP3を目指す。

map5b


ふかふかな砂地が多くて、足の痛みはない。
サハラ砂漠の砂がとてもやさしく迎え入れてくれたようだ。

ここで見る景色は二度と見ることができない景色。
出来る限り心のシャッターを押しておこう。
そう思うと不思議と身体が軽くなったように走ることができた。

前方に、子どもにたかられている選手を見つけた。
かなりしつこく、ボトルを狙っているように見えた。
その選手は疲れている力をふりしぼって追い払おうとがんばっていた。
100mくらいしつこく着いて来ていた。
「あの子どもがこっちに来ると、いやだな~」
そう思っていたら、その子どもはあきらめて俺のほうに近づいてきた。
はじめは
「お金、お金、お金」
と手をおれの顔の前に差し出してきた。目が必死だ。
「お金はない」
といったら次は
「ボトル、ボトル、ボトル」
と同じ口調でしつこく言ってきた。これまた目が必死だ。
そしてウエストにあるボトルに手が近づいてきて、ひったくろうとしたので、手を払って制した。
それでもこの子はしつこい。
そんなに生活に困っているのだろうか?
それとも親にやらされているのだろうか?

こっちも大事な水をとられてはひとたまりもない。
元気なら走って振り切れるのだが、ジョグペースなので振り切れるスピードではない。
後ろから追い抜いていった女性選手がいたので、その選手に指差したら、子どもは向こうにいる女性選手に近づいた。
女性選手は、その子どもの餌食になってしまった。
営業マンだったら、すごいかもな。
と他人事みたいに見ていたら、女性選手のバックパックに取り付けてある水のボトルをとろうとして、子どもは何度もジャンプしていた。
彼女はその子どもの行為を制するのに実に大変そうだった。
本当に申し訳なく思った。

砂地を走っていくと、またヤシの木群が現れた。
ここの間を走れば日陰になる。
そうして、ヤシの木の間を走り抜けると、石で出来た井戸が現れた。
人が使っている井戸だ。
水はにごっていた。

砂地を走ると前方にヤシの木の林が見えてきた。
その横のほうには車が10台以上、とまっている。
ヘリコプターも駐機している。
ということは、CP3がもうすぐだ。

ヤシの木の林に入って、CP3に到着だ。
31キロ地点だ。
今日のCPはこれが最後。あとはゴールのみだ。
寛平さんのテレビクルーがのんびりしている。
きっともう彼が出発したに違いなかった。

ここのCPには選手以外の欧米人がたくさんいた。
観光客だ。
サハラ砂漠を見に来ているのだ。
みんな笑顔で手を振ったり、声をかけて応援してくれた。

CP3を過ぎると、またまた平地だ。
ゴールは、遠くに見える地平線の彼方にある。
このマラソンのパターンだ。
このステージのように距離が長い場合は、遅い選手は暗闇の中を走ることになる。
暗闇になっても、道に迷わないように配慮されているのだ。

この砂地は緊張を強いられるほど、ごつごつした石はない。
車が通った跡をトレースしていくだけだ。
車が石を蹴散らすので、車の跡には石がなくて、走りやすいのだ。

前を行く選手の姿はかなり遠くに見える。
後ろを振り返ると、遠くに見える。

走っていると、自分のすぐ後ろに足音が聞こえはじめた。
足音が聞こえるたびに、後ろを振り向く。
しかし、誰もいない。
また走り出すと、また足音が聞こえる。
幽霊か?
幻覚か?
思考回路が鈍っているのは確かだ。

音の方向を見た。
バックパックにさしている旗だ。
風ではためく音が足音に聞こえるのかもしれない。
しかし、足音が実にリアルなのだ。
旗に寄せ書きしてくれたたくさんの仲間が一緒に走っているのだ。
そう思うと、とてもうれしくなった。
足取りが軽くなった。

ペースよく走っていると、前の選手に追いついた。
CP1のあとの平地で抜いたり抜かれたりで顔見知りになったフランス人だ。
ひとまわりくらい上の年齢か。

ゴール近くまでくると、誰と一緒にゴールしようかと、みんな考えるのかもしれない。
またここまで来ると集中力が切れてくるので、ひとりで黙々と走るより、他の選手と一緒に楽しみながら走りたくなるのだ。
お互いにへたくそな英語で話をした。
意味がわからなくても、一緒に笑いあった。
そして一緒にゴールまで行こうとお互いに決めた。

ここまでくると、もう走っても歩いてもどっちでもよくなる。
今を楽しもう。
ただそれだけだ。

彼は、先に行ってもいいよ。と気を使ってくれた。
しかし、俺自身も先に行く気はさらさらない。

そうしていると、ついにゴールが見えてきた。
ゴールが見えると、いままでの疲れの半減するから不思議だ。
最後は走ろうと、フランス人は声をかけた。
オレは「ウィ」と返事をした。
笑顔で互いの意思を確認できた。
心が通じ合った。
ラストスパートに自然と足取りも速くなった。

俺はバックパックに挿している日の丸を取り、握り締めた。
高々に振り上げた。
寄せ書きしてもらったみんなと一緒にゴールしたい。
そう思った。

ゴールでフランス人の彼と頬を寄せ合い、喜びあった。
彼と一緒にゴールできて本当によかった。
フランス人の友達がひとり増えた。

テントに戻ると、先に戻ったみんなのほかに、リタイヤしたのりちゃんもいた。
仲間の顔に会えると、本当にほっとするんだな。

シューズを脱ぐと、急に足の痛みがぶり返してきた。
勝手なもので、足を見ると痛みを思い出すらしい。
包帯をとると、今日もがんばった足がそこにあった。

たくさん汗をかいた足
まめがつぶれて液体が出ている足
爪がはがれた足

いつもの日課で、そのままクリニックに行った。
クリニックに行くのもこれが最後だな。
毎回、足の治療をしてくれてありがたいな。
今日は若くて美人のドクターがいいな。

なんて思っていた。
クリニックの前で足を消毒していると、昨日お世話になったドクターが出てきて、おれに気が着いた。
握手をしあうと、彼は俺を中に呼び寄せた。
順番を指示しているスタッフが彼に、ちょっと待ってくれよ、といわんばかりに話をしていた。
それもそうだ。
おれの前に、治療待ちの選手がいるのだから。
しかし、彼は力があるのか、これがフランス式なのか、先に中に入れた。
おれとしても、昨日の具合も見てもらっているし、都合がよいと思った。
ただ、カルテなどないのでみんなの足の具合を覚えているとは限らないのだが。

今日の治療は足裏のまめの皮を取り去った。
その下に皮が出来てきていたので、そうしたのだ。
また足の親指付け根のところが水ぶくれになっていたので、メスで切って、水分を出し切った。これが痛かった。
さらに痛いのは続いた。
爪に熱線で穴をあけ、メスで穴を広げて、なかにできたマメを潰す治療だ。
これって、手術じゃないのか?
熱線が爪に穴を開けたあと、勢いよく下にある皮膚に触れた。
思わず、声をあげてもだえてしまった。
カメラクルーも俺の足裏をとってくれた。
皮をはいで、赤い治療液をぬり、包帯を巻いて治療は終了。
また痛み止めをもらった。
このドクターと会うのも最後か。
初日にお世話になった女性のドクターもいたので声をかけると、喜んでくれた。
若い美人のドクターには会えなかった。

星降る砂漠の夜の演奏会は最高だった。オペラ歌手とオーケストラ。明日が最後のステージ。遂にここまで来たか。クラッシック音楽がとても心地よかった。
オーケストラコンサート
大会6日目のフルマラソンステージの夜は、満天の星空のもと、静寂に包まれた砂漠のど真中で、オペラ歌手とオーケストラによるクラシックコンサートがおこなわれた。丸く囲んだテント中央に特設ステージと椅子が用意された。その演奏やオペラの歌声はビバーク全体に響き渡った。椅子に座りながら聴いたその演奏は、疲れた身体に心地よく響き渡り、日中の過酷さを忘れるほど癒された。そして最終ステージを明日に控え、ここまで来ることができたことに感謝せずにはいられなかった。

コンサートも終わり、何人かがシュラフに入りだした。
しかし、くみちゃんがまだだった。

関さん、山崎さん、林さん、澤村さんの若い組で、ゴールに見にいくことにした。
あたりはすでに暗闇。
今日もヘッドライトの明かりを頼りに走っているに違いなかった。
ゴールに行くと、外国人選手5人がゴールでコースのほうを眺めていた。
自分たちの仲間を待っているのか?
選手がゴールに近づいて来るごとに、声をはりあげ応援していた。

こういう奴らって、本当にあったかいよな。
また楽しみかたを知っているんだな。

みんながみんなではないが、ここの選手たちは相手が喜ぶようなことを自然にやっている。
これがフランス人なのか。
これがヨーロッパ文化なのか。

遠くに明かりが見えてきた。
2人の選手が近づいてきた。
くみちゃんなのか?

さらに近づいてくると、1人はくみちゃんであることが確認できた。
応援している外国人と一緒になって、声をはりあげた。

ゴールに向かってがんばっている姿は本当にすばらしい。

くみちゃんと外国人選手がゴールすると、応援していた外国人たちもテントに戻っていった。
仲間を待っていたのではなく、選手の応援のためにゴールに来ていたのだ。
すでにシュラフに入ってもよい時間なのに。

こいつら、最高にいい奴らだ。

テントに戻ると、昼間にもらったメールがくみちゃんに渡された。
いつも自分宛のメールを紙に出してもらえるのだ。
くみちゃんが受け取った1通は、俺も含めて日本人全員に来た同じアドレスの人からだった。
いたずらメールだと思ってほっておいていたが、昨年のサハラ出場選手からだった。
ひとりひとり違う文面で書かれていた。

大会HPで自分のことを見てくれている人がいると思うと、感謝せずにはいられなかった。

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フルマラソンステージ
4月4日(サハラマラソン:ステージ4:42.195キロ)


日の出前の5時30分ごろ起きだして朝ごはんの準備。
あったかいご飯を食べるぞ。

一日休んでのぞむサハラマラソン唯一のフルマラソンステージ。

オーバーナイトステージを乗り越えた安心感。
それよりもマークとの出会いにより、自信がついた。
仲間と一緒ならやり遂げることができるのだと。

のりちゃんは大会の車で移動なので、早く行ってしまった。
先にゴールで待っていることになるのだろう。

 考えてみればフルマラソンステージは長い。
この砂漠で42.195キロを走るのだ。
3日目の40.5キロのステージで夕方にゴールしたのだ。
しかし、オーバーナイトステージのあとでは、そんな距離はとても短く思われた。

map5a


ここまで来れば、明日は最終日。
レースの峠をこえたので、あとは下るだけだ。
ドクターに診てもらった足の具合もよいので、この調子で突き進むだけなのだ。

オーバーナイトで会ったドイツ人のユーゲンは、俺にとってすばらしいメンターだ。
好きなように時間をコントロールしてゴールすればいいのだ。
早くゴールすることが目的なのではないのだ。
テントで長く休みたくて走るのではないのだ。
この瞬間を。
今を最高に生きるために走るのだ。

選手はみんなオーバーナイトステージをやり遂げた達成感やゴールが見えてきた安堵感。そして休息明けで体力が回復し、自信がみなぎっていた。

スタートから見えるのは平坦な荒野。
あいかわらず、碧く澄んだ空に、赤茶色の大地。
生物など存在しないと思っていたこの砂漠がいとおしく思えるようになった。
あと2日で終わりだと思うと、急にさびしくなった。

カナダ人のマークやドイツ人のユーゲンとまた会えるかな。
いや会えるに違いない。

走っていると遠くの山が近づいてきた。
コースのリズムはだいたいわかってきた。
このあたりは、いくつもの山々に囲まれているのだ。
山を越えると平地を走り、そして山を越えてまた平地だ。
山登りはエキサイティングで達成感があって楽しい。
平地は地味に足を動かし続けなければならないが、どこに楽しみを見つけるかで退屈な時間になったり、楽しい時間になったりする。
人生もまたこういうものなのかもしれない。

あいかわらず陽が登ってくると風が強くなるな。
4.5キロ地点の山へ来た。
選手が列になって登っていく。
みんな自信に満ちた表情で登っている。
荷物が軽くなったからか。
きっとオーバーナイトをやり遂げた自信と、あと2日でゴールということで完走することが確信してきたからだろう。
みんなそれぞれの感情でこの景色を味わっているに違いない。
砂地であるが、緩やかな傾斜なので気持ちよいペースで登っていく。
調子よく登ることができた。
頂上でコースの様子を確かめた。
この先はまた平地で、遠くにまた山が見える。
いつものリズムで山と平野だ。


この調子で一気に降りるか。
スピードに乗って前を行く選手たちをどんどん抜いていった。
降りたところで、大腿部に疲労がたまっていることを感じてしまった。
やりすぎたか。
平地はゆっくりペースでいこう。

平地の景色はあいかわらず変わることがなく、気が遠くなりそうだった。
足の下の地球は勝手にまわっている。
足を上げるだけで、地面が勝手に動いてくれるのだ。
辛いときは、そう思うようにしている。

足を動かし続けるとCP1がやってきた。
この先はまた山登りだ。
水の補給がすみ先に進むことにした。

この山もまた砂地だ。
山というより丘に近い高さの峠ごえで、横に稜線が伸びていた。
岩がところどころに転がっていて、まるで河原のようだ。
もともと岩山なのだろう。

そしてまた平地だ。
次の山まで間隔がせまいぞ。
変化のある路面は楽しい。
この山の稜線も横に伸びていて、山の先にはなにがあるのかわからない。
この先にはなにがあるのか?と思うだけで、チャレンジ精神がわきあがってきて、飽きることがない。
そんなとき、見覚えのある後ろ姿が前方にいた。
ドイツ人のユーゲンだ。
昨日、俺の考えを変えてしまったメンターだ。
どうやらビデオを片手に持ちながら撮影をしながら走っているようだ。
彼は実は足が速くて強靭だ。
写真を撮ったりしなければ、もっと短時間でゴールしてしまうに違いない。
そうであれば、俺とは絶対に会うことができなかった。

彼もまた俺に気がつき、笑顔になった。
そして、
「写真を撮ってあげるから、カメラを出して」
と言って、おれの写真を撮ってくれた。
さらに
「ビデオを撮るのであそこまで走ってくれ」
と言って、先のほうを指差した。
彼は手に持っているビデオで、俺の走るシーンを後ろから撮影したのだった。
そしてまた、
「ビデオで俺の走るシーンを撮ってくれないか」
というので、後ろから走りながら撮影した。
山の登りがはじまっていて、少々辛かった。
それにしても、ユーゲンはいろんな楽しみ方を知っているだな~。
すばらしい生き方だな。ドイツ人特有なのかな。
しかし、ここでその楽しみをするには、トレーニングをして作った強靭な肉体が基本になっているのだ。
彼の下半身は筋肉で引き締まっていた。
こつこつと努力を積み重ねてきたんだな。

登りかけている山は思ったより高い。
近づいてみると、砂の壁があるようだった。
この山は砂地で、足を踏ん張ることができなかったが、オーバーナイトの最初に登った砂地に比べれば、軽いものだ。足をとられながらも気持ちよく登りきった。
峠越えだ。

峠には子どもたちが5人くらいいるのが見えた。
「俺たちのマラソンがめずらしいから見に来ているのかな。
それとも応援してくれているのか。
ありがたいな~」

そんな思いで近づいていくと、
「マネー!マネー!」
と言って、手を出してきた。
そういう思いでこの子どもたちは登ってきていたのね。
「さすがに持ってないんだよね。」
そんな気持ちで伝えたが、持っていてもあげないだろう。

ここの生活にとって、マネーを得ることはどれだけ大変なことなのか想像ができない。
こんな砂漠で、7日間も走る俺たちにどんな思いを持っているのだろうか。
戦争や貧困で苦しむ国に生まれていたら、なんと贅沢なスポーツだろう。
このレースに出られる俺は本当に恵まれた人間なのだと思う。

別れる前に、子どもたちに声をかけた。
「アッサラームアレイクン」
とそうすると、
マネーと言っていた子どもたちが
「サラーム」
と返事をしてくれた。
どんな物乞いをしている子どもでも、挨拶をしてコミュニケーションをとろうとすれば、笑顔になって、一緒に遊んでくれるのだ。
ひとり旅をすると、そんな出会いがまた楽しい思い出になるのだ。
「元気をありがとう!」
そう伝えてバイバイした。

そして急な下り坂をまた一気に降りた。
ますます太ももの筋肉が硬くなった。
早くも足は悲鳴をあげはじめた。
「この痛みを味わいつつ、対話していこう。
ありがとう、俺の太もも。」

次の平地はタマリスクがところどころに生えた砂地だ。
平地にもたくさんの現地の子どもたちがいた。
雰囲気が少しずつ変わってきた。

自分が後ろから
日本!とかこんにちは!
とか声をかけられたのは、日の丸を背負っているからだ。
だとしたら、自分も同じようにやってみよう!
みんな運命共同体の仲間だ。
声が帰ってこなくてもいいや。
声を出すだけでも楽しいからやってみよう!
そんな衝動に駆られた。

ポーカーフェイスで黙々と走っている人でも、笑顔で挨拶をすると笑顔が返ってくるのだ。
視線を落としてつらそうな人に声をかけ、親指を立ててニコってしてくれたときは最高だった!

そうしているうちに、「Magic」書いてある旗をバックパックに着けた選手がいた。
「マジック!」と大声で後ろから叫んでみた。
その選手は後ろにいた俺に振り返り、笑ってくれた。しばし彼と並走だ。
彼はスペイン人のカタゴーニャに住んでいて、名前をマルコと言った。
彼はインターポールで仕事をしてる警察官で情報を扱っていると言っていた。
インターポール??
「ルパン3世」で出てきた名前だ。
休みはよく取れるらしい。
旅行も好きで、30カ国は言っているらしく、5大陸すべてに行っている。
特に南米大陸が好きとのこと。
スペイン語は通じるし、スペインからは近いしな。
しかし日本にはまだだとのこと。
「そんなに旅をしているのに、まだ日本に来てないのですか!
 ぜひ日本に来てください!」
そんな風に言えるようになったのはいつからだろうか。

海外に出ると、相手にとって俺は日本代表であり、観光大使なのだといつも思う。
相手がはじめて話した日本人が俺だったとしたら、俺が日本の印象になるのだ。
サッカーを見たとき、日本製品に触れたとき、日本ということが意識したら俺のことを思い出すのだ。
このように思うようになってから、俺の中に「日本人」というアイデンティティーができあがった。

また結婚してて子どももいるそうだ。
どこの国の人も、子どもの話をするととても幸せそうな顔になる。

一緒に行こうと言ってくれたので3キロくらい並走した。
時間はちょうど正午。マルコの時計で気温は36度を示していた。
昨日、ビバーグで過ごした日中はものすごく熱かった。そんな日中を走るなんて、みんな強靭なクレイジーだ。
水分不足で脱水症状ぎみなのか、または暑さで熱中症ぎみなのか、少し頭痛を感じていた。
水分をとらねばなるまい。

マルコのペースのほうが早かったので、次第に離れていった。
別れは突然やってくるもので、それから再会することはなかった。
これも一期一会だ。

突然、臭いが鼻をついた。
風が後ろから来ていた。
しかし後ろには人はいない。
この臭いはおれから発せられたものだ。
昨日、たいていのものを水で洗濯してきれいになったはずなので、この臭いは体臭なのか。
そういえば筋肉痛を和らげるためにクリームをつけてふくらはぎや太ももをマッサージしたとき、垢ができたことを思い出した。
この体臭は欧米人の体臭に似ていた。
欧米人はシャワーを浴びるのは週に数回だと澤村さんから聞いたことを思い出した。
そういえば旅をしてドミトリーに泊まったときに思ったことがある。欧米人はいつシャワーを浴びるかということ。彼らの臭いのもとが納得できた。

この地域は村が近いのか、子どもたちがたくさん集まってくる。
めずらしそうに近づいてくる子
物欲しそうに近づいてくる子
強引に物を取ろうとする子
たいていの子は、ペットボトルの容器を欲しがっていた。
ここでは水を入れる容器が大事なようだ。

山の登り下りをがんばってやったためか、それともマルコとの一緒に走ったとき、少しペースを上げたためか、右太ももに筋肉痛を感じはじめた。
疲労感からかちくちくするような痛みだ。
しかし、毎日走っているのに、次の日まで筋肉痛を引きずらないのが不思議だ。
やはり砂地のせいだろうか。
CP2まではジョグを重ねて筋肉が硬くならないようにする。

昨日は歩くだけで足裏からズキズキと痛みを感じていたのに、今はまったく感じない。
回復力がすごいのか、痛み止めを2錠飲んだからか。
たぶん、薬が効いているのだろう。
しかし今日は足の右親指の先端を石にかなりヒットしているので、つめからの痛みを感じる。
ペースをあげるたびに石にヒットし、歯を食いしばっていた。
疲れからか、足があまりあがっていないのだろう。
足の運び方に注意が必要だ。

砂漠の砂には、黒や白、赤茶色などさまざまな色がある。基本的にはローズサンドと呼ばれる赤茶色のようだ。
盆地に見えるこの地面の砂は湖の底だったのか、粘土質のようであり、ぼろぼろしていて足にまとわりつき、疲労している足に追い討ちをかける。

オーバーナイトの夜間ステージでは砂地は硬く引き締まっていて、地面を踏んでも砂が崩れることはなく、蹴って走ることができた。
気温が低くなると砂地は硬くなるのかもしれない。
気温が高くなるにつれ、砂が崩れやすくなる。

足の痛みにはいくつかある。
石を土踏まずで踏めば痛くないが、小指や親指で踏んでしまったときは痛い。
親指の構造上、肉よりも爪が前に出ているのでつま先が石にヒットすると声が出るほど痛い。
シューズのかかとが石に引っかかると、足が中で前方へ滑り、シューズの中で爪の先端がシューズの内側に当たると、これも声を上げるほど痛い。
指先の上部が石につまずいた場合、バランスを崩すとともに爪の上側が石にヒットするので、これも声をあげるほどいた。
一番痛くないのは砂地だ。砂地は足にやさしい。

そういえば、昨日は爪根あたりの上の皮膚が腫れていた。爪の先端をヒットしたことで出来たに違いない。そこにメスを入れると、濁った液体が出てきた。気持ち悪かった。

そうしているうちに、緑豊かな畑が見えてきた。
砂漠の突然現れる緑の畑。
稲のようなねぎのような。
ここに住む人たちが農業をしているに違いない。
こんな砂漠でも農業が出来るのだ。
こうなるには、さまざまな苦労があるのかもしれない。
この緑は一時かもしれない。
水はどこからか。
雨水なのか?
井戸水なのか?

人間は緑なしには生きられない。
砂漠の景色より、緑の景色のほうが落ち着くのは、緑豊かな国で育ったからだけではない。
そこには過去・現在・未来があるのだ。

CP2に着いた。
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