サハラマラソン245キロへ挑戦(2008年3月28から4月7日完走!)
サハラ砂漠を7日間で245キロを走り、しかも7日分の食料と背袋はすべて背負いそれで生活をおこなうサバイバルレースである世界一過酷なサハラマラソンの挑戦記です。その後2009年チリ・アタカマ砂漠マラソン(7日間250キロ)、2010年中国・ゴビ砂漠マラソン(7日間250キロ)を完走し、2010年11月の南極マラソン250キロを完走しました!

サハラマラソンへご支援いただき、誠にありがとうございました!
文房具、Tシャツも多数頂き、サハラの村の子どもたちに渡すことができました☆

2009年世界で最も乾燥したチリ・アタカマ砂漠マラソン250キロ完走。
2010年に中国・ゴビ砂漠マラソン250キロ完走。
2010年に極寒の南極マラソン250キロを完走しました。
この経験からどんなに長い距離でも走れるテクニックを
教本「驚異のマラソン上達法」(ここをクリック)にまとめました。


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日の出とともにオーバーナイトが終わった
マークとふたりで暗闇をヘッドライトの明かりを頼りにすすんでいく。
マークは歩き。
おれは軽いジョギングだ。
進みだすと、身体があたたかくなってきた。
ウインドブレーカーを着込んだ身体が熱を逃がさなくなった。
額から汗がにじんできた。
背中が汗ばんできた。

ウインドブレーカーのジッパーを下げて、冷気を入れた。
気温はだいぶ下がっている。

お互いの荷物の重さについて話した。
彼の知人はこのステージは後発。つまり足が早い。
その彼が言うには、バックパックの重さは9キロ以下にしなさいとのことだったそうだ。
マークはそれを守っていた。
おれのバックパックは12キロだった。
このサハラマラソンは重さが命取りなんだな。
重さは食糧に負うところが大きい。
軽量で高カロリーの食べ物が大事だ。
ナッツ類がそれに見合う食品だと言い、カシューナッツを持ってきていた。
歯ごたえもあるし、食べてる感がいいんだよね。

このころからマークと冗談を言い合う仲になっていた。
あのレーザは宇宙人だとか。
映画のセットだとか。
タイムマシンだとか。
そんなことで気を紛らわせていた。

このあたりからゴールへの到着時間を話すようになっていた。
このままなら2時くらいか。
このとき、我々はCP5の次がゴールだと思いこんでいた。

CP5に到着した。
59キロだ。
ゲートでマークがフランス語でスタッフを話をしていた。
どうやら次はゴールではない。
CP6があるそうだ。
CP5の次はゴールだと思っていた我々に対し、CP5のスタッフは容赦なく現実を突きつけた。
二人とも落胆の色を隠せなかった。
まだCP6があるのかあ。

ふたりとも身体はかなり疲労していた。
足の筋肉も硬くなったきている。
ふくらはぎがだいぶ張ってきていた。

ようやくCP5についた。
ゲートの前では焚き火をしていた。
寝袋を出して寝ている選手も見えた。

お互いにしゃがみこんで休んだ。
どうする?
寝ないでいこう。
そんな会話をした。
軽量化に必要なカシューナッツをわけてくれた。
うまいなあ。

そうしているうちに、汗が冷えてきた。
寒すぎる。
ここままでは風邪を引いてしまう。
防寒用に夜に来ていたアンダーウェアをバックパックから出し、Tシャツから着替えた。
あったかい。

さて行くか。
彼に声をかけて立ちあがろうとした。
立てない。
太ももが動かない。
太ももが硬直している。
悲鳴をあげているのだ。
筋肉痛が起きている。
力が入らない。
なかなか立ち上がることができない。
ようやく立つことができたが、立っているのがやっとだった。
足が震えている。
ふらふらだ。
バックパックに入れた、空きペットボトルを捨てに10mくらい離れたゴミ箱まで歩いていけない。
膝が曲がらないのだ。
それを見ていたマークが代わりにゴミを捨ててくれた。
ありがたいな。

CP5を出るとき、仲間がひとり増えた。
陽気なフランス人のようだ。
行動食を俺とマークにわけてくれた。
スニッカーズのような食べ物だった。
外国人はこういうものを食べているんだなあ。
CP6からは緑のレーザーは出ていない。
500mごとにある蛍光スティックと、前を行く選手の光が頼りだ。
しかし、我々の前方に選手の姿は見えなかった。

さらにここは砂地ででこぼこしていて、タマリスクの木々がある。
500mごとの目印が見えにくいのだ。
すぐに道先案内の蛍光スティックも見えなった。
不安が胸をむしばんでいく。

合流した彼は、こっちだと自信満々に違う方向を指して歩き出していた。
俺をマークは足をとめた。
俺はバックパックからマップとコンパスを取り出した。
はじめてコンパスを使うことになった。
使うことができて、ちょっぴりうれしい。

マップを見るとCP5からCP6まではまっすぐなルートを示していた。
方角は283度の方向だ。
コンパスで確認すると、CP5から来た方角であっていた。
気まずくなったのもあるのか。
後ろから来た6人くらいの集団と一緒にいってしまった。

ほとんど無口だ。
聞こえるのはお互いの足音と息使いだけだ。

川原のような「ごろごろ石」地帯に突入した。
お互いに足裏のまめがつぶれていて、石に足をぶつけてときどき悲鳴があがる。
あちこち岩ばかりが転がっているので、足を踏み出すごとに、どこへ着地したら足が痛くないか、瞬時に見極めなければならず、その判断に頭の中が忙しくなり、ちっとも気が抜けない。

痛みに対して「痛い」と言って嘆いているだけでは先に進めないのだ。
これは自分の目指すゴールに対する試練なのだ。
妥協することもなく、逃げることもなく、進むのだ。
でも決して強情になってはいけない。
この過程を楽しみに変えて乗り切っていくのだ。

これがマラソンであり、人生なのだ。

いくら歩けどゴールの光は見えてこない。
夜中のウォーキングでは、景色は見えず、目による癒し効果も期待できず、ひたすらまっすぐの単調な道が続く。
日本の霊峰富士も森林限界を超えてしまうと、あとはがれ場の連続。
心を惑わされず、神聖なる気持ちを抱きながら、ただ黙々とゴールを目指す。
目を奪われるものがないので、心のなかには、ふとした光景がよみがえってくる。
いつしか自分の歩いてきた道を見つめていたりする。

たとえはるか彼方であっても、人は目指す地点が分かれば、ペース配分に工夫を凝らしたり、最後の力をふりしぼったりもできる。
苦しい道のりを最後まで歩きとおすには、明確なゴールという目標が不可欠だ。
川を下っていくなら、沈まずに流れに身を任せていればいつかはゴールに漂着する。
ここでは足をとめなければいつかはゴールすると信じて進むだけだ。

ときおり、マークが立ち止まり、膝に腕を当ててからだを支える。
その顔は辛そうだ。
バックパックが肩にずっしりと食い込んでいて、重いのだろう。
肩が擦れているに違いない。
「セボ?」
声をかけてみた。
力なく声が帰ってくる。
「もうちょっとゆっくりさせてくれ」
そうだよな。辛いよな。

ようやく彼は力を振り絞って身体をおこし、歩きはじめた。

CP6を過ぎ、次はゴールだ。
オーバーナイトステージのゴールだ。
東の空が薄明るくなってきた。気温も低い。
自然と会話は少なくなる。
ただ早くゴールにたどり着きたい。

しかし、足の痛みは正直だ。
おれが痛みで足をとめると、足をとめて待ってくれて、
そして、彼が背中の痛みで足をとめると、俺が待って声をかけた。

自分の体力を見極めようとする行為は、己の弱音と綱引きでもある。
たとえ一人だろうと、その綱引きは絶えず心の中で続く。
小高い砂山がでてきて、タマリスクの木がその上に生えていた。タマリスクが流動性の砂の流れを止め、木の根元に溜まった砂の上にタマリスクが押し上げられる現象が繰り返されるようだ。

そんな地帯を過ぎ去ったあと、ゴールが見えてきた。

チェックポイントが見えたときは、
広告の看板だったら?
映画の写真だったら?
宇宙人が迎えに来てるのかも?
なんて冗談を言いあった余裕はそこにはなかった。

ゴールが見えてきてからが実に長い。
歩けば歩くほど、ゴールが離れていっているのではないかと思ってしまうほど。
それほどゴールが近づいてこない。
地平線の真ん中にあるゴールは人間の距離感を無能にしてしまうに違いない。

後ろを振り返ってみた。
東の空が明るくなってきていた。
その先に月が出ていた。
ぼうっと光っていた。三日月だ。下弦の月だ。
先に、お月様が昇っていたのだ。
月の砂漠とは、なんと幻想的なことか。
このお月様が、最後の勇姿を見守っているのだな。
とってもあたたかい気持ちになった。

そしてすぐあとに陽が登るに違いない。
「本当にオーバーナイトステージになったな」
マークに声をかけると、彼は笑って親指を立てた。

ゴールは必ず近づいていると信じ、集中力を切らすことなく、もくもくと進むのみだ。
そうしていると、わずかだがゴールが大きくなってきた。
このわずかな変化を感じることがどれだけうれしいことか。
あとどれくらいの距離かなんて関係ない。
ゴールが我々の目の前に現れるそのときまで、歩き続けるだけだ。

いよいよゴールが現実のものになってきた。
スタッフがこっちに声をかけてきた。
「アレアレ!」(ゴーゴー)

お互いに走る気力はなく、ひたすら歩き続け、そしてゴール。
ゴールで迎えてくれたスタッフに向かって、喜びのあまり飛び込んでハグした。
彼もまたその喜びを一緒に喜んでくれた。
そして一緒にゴールしたマークとハグした。
またお互いに力強い握手を交わした。
「君にあえて、本当にハッピィだった。ありがとう」
俺はこの言葉を彼に伝えたくて仕方がなかったのだ。
本当にありがたかった。
こう告げると、目に涙がたまった。
目をそらして彼にばれないようにごまかした。
そしたら彼がハグをしてきてくれた。
本当にありがたかった。

リタイア21名
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暗闇を駆け抜けて
偶然にも、サハラマラソン大会側の車がとまっているところで、彼は足をとめてなにやら話をしていた。

「そのまま話を続けていてくれ。
そうすれば追いつくことができるから
そしたら写真を撮ってください」

そう思っていると、追いつくことができた。
一緒に写真を撮ろうと声をかけると、彼もまた喜んでくれた。
そしてまたお互いのペースで別れた。
彼とはまた会えるに違いない。
そう確信できた。

彼と別れ、彼がなぜおれを呼び止めたのか、物思いにふけてみた。
このオーバーナイトステージは暗くなっても走る選手がほとんどだ。
できれば俺は暗闇の中を走りたくなかった。
夜は寒くなるだろうし、道に迷ったらと思うと不安でたまらなくなる。
隣国アルジェリアの病院のベットで見つかった選手も過去にいたと聞く。
また仲間ができずに、ひとり孤独で暗闇を進むと思うと恐怖だった。
だからこそ陽があるうちに、できるだけ先に進みたかった。

しかし早くゴールすればいいというものではないのだろう。
ふと同じテントで最高年齢選手の飯田さんのことを考えてみた。
彼女は、いつも真っ暗になってからゴールしていた。
ゴールで彼女の迎えるたびに、気温も下がって寒くもなるなか、毎日遅くまで走って大変だなあとしか思っていなかった。
しかし、彼女はたくさんの人と交流し、たくさんの素敵な景色を存分に味わっているのではないだろうか。
遅くなるごとに、心がとても豊かになっているのではないだろうか。
今見ているこの景色に対し五感を使って最大限に楽しむことができれば、それはなにものにも変えがたい貴重な財産になるのではないだろうか。
早くゴールに着いてビバーク地点の景色を見るのもよいが、がんばっているときのこの景色を見ているほうが何倍も価値があるのではないだろうか。

もしかしたら人生もこういうことが言えるのではないだろうか。
急いで結果を出す楽しみもあるが、大事なのはそこのたどり着くまでの過程であり、その過程こそが最高の財産になるのではないだろうか。
また心の豊かさとは、過程をいかに感じるかにあるのではないだろうか。

そう思うと、仲間ができずひとりぼっちで暗闇を歩いてもいいと思い始めていた。
そうなったら、その現状を受け入れて、そのときの感情を感じてみよう。

彼に会う前に比べ、気が軽くなり、身体がものすごくゆるくなっていくのがわかった。
この雄大な眺めはすごいな。
このような風景が見られることに本当に感謝だし、夕陽に映えるこの景色は涙が出そうになるくらいきれいだ。
しばし疲れを忘れ、感傷的になった。

そういえば、ドイツに住んでいる三宅さんから、ドイツ人の仕事に対する考え方をテントの中で聞いたことを思い出した。
「日本人は仕事が忙しいとプライベートを我慢するけど、ドイツ人はプライベートが忙しいと、どんなに仕事が忙しくても休むんだ。」
これもまた心の豊かさなのかもしれない。
 

このあたりから、蛍光スティックがコース上に現れはじめた。
コースは急激に左に折れ、そしてふかふかな急な砂地を降りはじめた。
これは夜中にはわからないよ。
蛍光スティックも見当たらない。
まず道に迷うな。
明るいうちに通れてよかったなあ。

山を降りると、ふかふかの土漠地帯で、ゆるやかな傾斜地を下っていた。
正面に夕陽が見え、すでに熱さはなく、すがすがしい夕方になっていた。
時間は6時30分だ。
夕陽を追いかけながら走った。
もうすぐ陽が沈む。
とても素敵な景色だ。
こんなきれいな夕陽をこの場所で見ることができるなんて本当に幸せだ。
応援してくれているみんなに本当に感謝をしたい。
いまこの場所にいられるのは、応援してくれてるみんなのおかげだ。
本当にありがたい。
感謝以外に思いつかない。

そして、サハラマラソンのメインイベント「ナイトステージ」が開幕するのだ。

こうなったら、暗闇での自分を受け入れよう。
たとえ迷ってもいいじゃないか。
ひとりで寂しくなってもいいじゃないか。
すべてのそのときを受け入れよう。
怖いものはなにもないんだ。
俺は空と大地とつながっているんだ。
そう思うと、身体が不思議と軽くなった。



すでに陽は山並の影に姿を隠し、夕闇が駆け足で追い抜こうとしていた。
CP3で大会側から配られた蛍光スティックを準備する。
後続のランナーの道しるべにするためだ。
スティックを貰うときに説明を聞いていたのだけど使い方が思い出せない。
どうしようか。
そうだ、他の人に聞いてみよう。
もしかしたら暗闇の中を一緒にいけるかもしれない。
ちょうどすぐ後方から選手がやってきていた。
足をとめ、さっそく彼に声をかけてみた。
「蛍光スティックの使い方、わかりますか?」
彼は足をとめ、俺のスティックをまざまざと眺めた。
そして、勢いよく折り曲げた。
すると、スティックの中の液体に化学反応が起きて光を放ちだした。
「ありがとう!」
さっそく彼は俺のバックパックの後ろに取り付けてくれた。
また彼も蛍光スティックを取り出すと、折り曲げで光らせた。
今度は俺が彼のバックパックの後ろに取り付けた。
そしてついに夜に追いつかれて、薄闇に囲まれた。

彼はヘッドランプをさっそくつけた。
俺も用意しようと、バックパックから取り出した。
そしていざスイッチを入れると、なぜか電気がつかなかった。
顔から冷や汗が流れた。
焦った。
故障か?
この暗闇をゴールまでライトなしでは歩けないよ。
前日に、三宅さんが電池をなくしていた。
バックパックから取り出しやすいところにライトを入れたので、知らずにスイッチが入ってしまったとのこと。
俺にも同じことが起きたのだ。
しまったな。
彼にお願いして、彼のライトでCP4までいけないかな。
しかし、まだやれることはありそうだ。
予備電池を持ってきている。
故障じゃなければ大丈夫。
ただ電球が壊れていたら終わりだな。

そう思い、薄闇であたりが見えないところ、手探りで電池をつかめた。
落とさないように慎重に取り出せた。
次はヘッドライトから電池交換だ。
小型のヘッドライトなので、作りがやわい。
手元が狂ってヘッドランプを壊さないように注意しながら電池をなんとか交換できた。
遂に緊張の瞬間がきた。
スイッチを入れた。

次の瞬間、ぱっと明るくなった。
いつも見慣れた光が現れたのだ。
よかった。
やはり取り出しやすいようにヘッドライトを外ポケットに入れていたので、なんらかの拍子に電気が入ってしまって電池がなくなったのだな。
砂漠に入った初日から省エネでライトを使っていたので、このナイトステージの途中で電池がなくなったかもしれないので、ちょうどよかった。
これなら朝までかかったとしてももつだろう。

ライトがようやく点いたので、あらためて彼と言葉を交わした。
彼の名はマーク。カナダ人で46歳。テントNo.46だ。
写真やジャーナリストとして、仕事をしているそうだ。
結婚していてお子さんもいる。
カナダでは、氷点下の雪景色の中、トレーニングを積んできたそうだ。
しかしマークもまた足裏にまめができて痛いそうだ。
まめのことを、英語で「ブリスター」という。
この大会では、この単語が一番使われるかもしれない。

ヘッドランプを点灯させると、周囲の暗さが返って目立ち、ライトに照らされた部分の足元しか見えなくなった。
ここからはヘッドランプの明かりだけがたよりだ。
夜空に星が輝いているが、新月なのか月は出ていない。
本当に真っ暗だ。
遠くに明かりが転々と見える
コースとは違う方向なので、人が住んでいるに違いない。
選手を導くために、CP4から緑のレーザー光線が虹のように放射されている
満天の星空の中、空を渡る光の帯。
とても幻想的だ。
CP4までは迷うことはないだろう。
足元だけが注意だ。

風は弱くなり、気温はますます下がっていた。
地面が硬い。
ここは塩湖平原だ。
まっすぐ走るだけなのだが、おれにとっては難所だ。
難所にかかれば己の弱き心を知らされ、ついつい昔のつらい経験へと連想は広がっていく。
CP4がまた遠いな。
光はいつになったら近づいてくるんだ。
でもレーザー光線はなぜまっすぐこちらに光を放たないんだ?
CP4からCP5にいく方角なのかもしれないな。

CP4まではマークと一緒に話をしながら進んだ。
彼は歩きで、俺は走り。
これが同じ早さなのだ。

彼との会話で、このひたすら長い直線は助かった。
そしてCP4が小さな小山に出てきた。
46.5キロだ。
ここを夜中の1時までに通過すればよいので安心した。
ここで夕飯だ。
マークと座れる地面を探して、一緒に座った。
おれはCP3で用意したご飯をさっそくだした。
さすがにご飯は冷えていた。
彼はパスタに水を入れ、完全じゃない状態でばりばり食べていた。

だいぶ気温冷えてきたので、防寒着も用意だ。
ここではたくさんの選手が食事をしていた。
ヘッドライトの光だけを頼りに食事だ。
大会パンフレットにあった写真と同じだ。
おれもあの写真と同じなんだ。
そう思うと感慨深いものがある。
テントで仮眠している人もいるんだな。

CP4を出ると、また緑のレーザーに向かって歩いていく。
CP5へはまっすぐだ。
腹ごしらえもすみ、元気回復。
がんばっていくぞ。

map4c
サハラ砂漠のメンター
CP1では山崎さんと寛平さんにあった。
山崎さんとは、急斜面をのぼったことで共感しあった。
本当にありがとう!

CP1を過ぎると、次はだだっぴろい平原だ。
また荒野の真ん中を走るルートだ。
これもまたサハラマラソンの特徴だ。
さえぎるものはなにもない。
空は雲ひとつないいつもどおりの快晴。
後方から強い風が吹いていて、背中が押されるほど。

地面には小さい石がごろごろ転がっているが、それほどごつごつしていない。
車の走ったわだちには特に石は少ないので、そこを選手は走っていた。
太陽にさらされながら、黙々とジョギングペースで進むことにした。
寛平さんが後ろからやってきた。
「熱いな~」
「そうですね~」
そんな会話をし、並走したかと思うとあっさりと抜かれてしまった。
リズムよく飛ぶように走っていった。

CP2は平地を渡った先の山のふもとに違いない。
サハラの平地は山々に囲まれた盆地のようなところだ。
だから、余計に熱いのかもしれない。
遠くのほうに竜巻が発生し、迷走しているようだった。
気温がだいぶあがったな。
昼夜の寒暖の差がこれほどあれば、竜巻が発生するのは当然だ。
強烈な熱上昇風が発生している証拠だ。
春先は日本でも熱上昇風が激しくなるので、パラグライダーなど滑空機にはもってこいだ。
ここで空飛んだらすごいことになりそうだな。

岩山の山間にCP2が見えてきた。
23キロ地点だ。
CP2は大きな木々の間にあった。
ここまでは集中力を落とすことなく来ることができた。

CP2を出ると、遅れてスタートしたトップ選手に抜かれた。
本当に走っていた。
早すぎる。

次に、2、3位の選手が追い抜いていった。
目の前に盲目のランナーがいた。
すると、2位の選手が突然、足を止め、彼の肩に手を回し、声をかけ、2、3言の言葉を交わして走っていった。
当然、3位の選手には差をつけられていた。
トップ争いをしているのに、この紳士的な選手は一体なんなのだ。
格好よすぎるではないか。
なお彼は今大会の優勝選手となった。

山間を抜けると、また平地だ。
左手に緑の地帯が広範囲に現れた。
植物が群生しているのだ。
荒野の一部に見られる緑は、目を十分に楽しませてくれた。

この平地は白く、ひび割れている。
ここは塩の平地だ。
太陽が強く照りつける砂漠では、たくさんの水が地中から地面に上がってきて蒸発する。
地球上の大陸はもともと海に沈んでいた。
地中には塩分の混じった水分が残っている。
土の中で水分とともに塩分も上がってくるので、水分が表面あたりで蒸発するので、塩分が固まりとなって残ったのだ。
これが塩類集積だ。
植物の内部は塩分の入った水分でできているので、その根でまわりにある濃度の低い水を吸い上げることができるが、根のまわりにある水分にたくさんの塩分が溶けていると、水分を吸収することができず、しおれて最後には枯れてしまうのだ。
こうして乾燥地には植物が生息できなくなり、砂漠化の原因となるのだ。

そういえば、オレの唇もひび割れてきたな。
日焼けでくちびるがバリバリになってきたたのものな。
ちょっと血の味がするなあ。
出血しているかもしれない。
日焼け止めが汗で流れてしまうのだから仕方がない。

そうしながら進んでいると岩山が近づいてきた。
白い車が見える。
CP3か?
違った。
かなりごつごつした岩山だ。
あいかわらず砂に覆われている山だ。
盲目の選手が前方にいるぞ。
やっぱり足をとられながらなんだな。
岩に足を滑らせながらも、確実に登っている。
峠をこえたらまた下り。
この下りはふかふかの砂地だ。
CP1までの山登りで太ももがかなり疲労しているので、ゆっくり降りることにした。

次もまた平地だ。
砂地にとがった石が転がっている。
足の置き場所を選びながら走る。
あいかわらずCPまで長いな。
平原を歩き続け、ようやくCP3が見えた。34.9キロ地点だ。

ここまで道をまっすぐすすみ、山登りが二つ。砂の山登りが続いた。
トップの選手たちは次々と抜いていった。早すぎる。
時間は16時を回ったところだ。
明るいうちにどこまでいけるのか。
どこから暗闇になるのか。

CP3は平原のど真ん中。
スタッフの数も規模も小さい。
休憩用のテントもぼろだ。
とてもさみしいCPだ。
このステージはチェックポイントが6個あるので、スタッフが分散されているのだろう。
ここで蛍
光スティックをもらった。
折り曲げて発光させ、バックパックの後ろにつけるように指示された。
こうすることで後ろのランナーの道先案内人になるわけだ。
とうとうナイトステージがやってくるということだ。
「夜が楽しみになってきた~!」
と心の中で叫んでみたが、不安でたまらない。
ここままだとCP4で夕食だな。
メニューではご飯200gにしたけど、100gがよさそうだ。
翌日の昼にと思っていた100gのご飯に水を入れ、水がこぼれないようにバックパックにしまった。
これで次のCPでご飯が食べられるのだ。
ご褒美を作っておくと、気持ちが折れそうになったときにふんばれる。

CP3を17時過ぎに出発した。
太陽はあと2時間で沈むに違いない。
CP3で15分くらい座って休んだせいか、足の筋肉が硬直してしまった。
太ももが筋肉痛になっている。
足が棒のようになっていて思うように動かない。
ジョギングで身体をあたためて筋肉をほぐしながらゆっくり伸ばしていくことにする。
風がかなり強い。
日が暮れると涼しくなるに違いない。


CP3を過ぎたらまた同じ平原を進む。
左の山が近づいてきた。
前方の選手たちが左の山に向かって歩いている。
また峠ごえか。
この山もがればの山だ。
かなり大きな規模の山だ。
また山登りだ。
このあたりの山は峡谷になっている。
まるでグランドキャニオンみたいだ。
山の背中を歩いている。
まるで大地の上を歩くようだ。

陽がだいぶかたむいてきたな。
このペースでいくと夜中にゴールできるか。
がんばってペースを維持して走ろう。


そう思っていた登山中の道で、足をとめて写真をたくさん撮っている年配の選手に
「写真をとってあげよう!」
と声をかけられ呼び止められた。
そして、
「我々にはたくさん時間があるじゃないか。
どうしてみんな急いで行こうとするんだ。
こんな壮大な景色は二度と見ることができないかもしれないんだ。
もっとゆっくり見ようよ!」
と、とても人生を楽しんで生きている人のように語ってくれた。

彼はハイデルベルグに住んでいるドイツ人で、サハラマラソンははじめてとのこと。

ふいに熱い温度を持ったものが自分の内部からこみ上げてくるのを感じていた。
これほどうるおいを持った感情がまだ自分の中にあったのかと思った。

ここはグランドキャニオンのような断崖絶壁な場所で、危険ではあるが、すばらしい景色だった。
俺は脚を止めると、動くのも忘れて夢のようなその光景を見つめていた。
この景色は一朝一夕にできるものではない。
人類の足跡よりもはるかに長い。
数百万年という歳月が少しずつ作り上げていった景観だ。
知識のないものが眺めてみたところで、単なる岩山にしか映らない。
しかし、その裏には大地と雨が織り成す自然のドラマが隠されているのである。
一生忘れることのない光景のひとつになるだろうな。

この大会は経験者が有利にならないように、毎年コースが変わる。
見る景色すべてが二度と見ることができないと思ってみているつもりだった。

そんな考えのできる自分を好きになっていた。

あとは身体との対話だ。
俺の足は歩いたら筋肉が冷えてさらに硬直してしまうので、がむしゃらに走るのではなく、ジョギング程度のスピードで進むことにしよう。

山に隠れようとする陽に向かって、さらに山を登りが続いた。
先行く選手が太陽に隠れて、芸術的だ。

登った山を降りる下る道に入った。
このポイントは実にわかりにくい。
ユーゲンが前にいるから、コースが分かるのだけど、ひとりだったら道に迷いそうだ。
暗闇ではなおさら迷うかもしれない。
のりちゃん、大丈夫かな。

そういえばユーゲンと一緒に写真を撮ることを忘れていた。
彼は俺とあったあと、先にいってしまったのだ。
彼は結構足が早い。
どうしても彼と一緒に写真がとりたい。
俺にとって、彼はメンターだ。
このまま二度と会えなくなるのだろうか。
それもまた一期一会なのかもしれない。
でも、やはり一緒に写真を撮りたい。
また再会したい。

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試練のオーバーナイトステージスタート
4月2日:(サハラマラソン:レース4日目:75.5km)

激しくばたばたはためく音で目がさめた。
テントがサハラ特有の強風ではげしく揺らされている音だ。

あたりはまだ真っ暗。
明け方まではまだまだ時間があるようだ。
砂まじりの強風が顔に吹き付け、砂だらけ。
時間がたつと、さらに激しくテントがはためく音に変わった。
テントの端の方のつい立用の棒が倒れたのだ。
寝付く前は、あんなに静寂だったのに。
これが砂嵐なのか。

そのとき、ふと脳裏に自分の旗のことがよぎった。
入り口に取り付けた日の丸の旗は大丈夫だろうか。
この強風で激しくはためいているに違いない。
みんなに寄せ書きしてもらったこの旗はなんとしてもゴールまで持っていきたい。
しかし、針金を巻きつけたあの取り付け方だと飛んでいってしまうかもしれない。
寝袋から這い出して回収しようか。
しばらく考える。

いや、この日の丸はみんなの想いが詰まっている。
そう簡単に飛んでいってなくなるものではない。
たとえ飛んでいったとしても、絶対に俺の手の戻ってくる。
おれが信じてがんばっていれば、離れていくことはないのだ。
そう信じるのが俺の役割だ。

次の瞬間、
「がちゃがちゃがちゃん」
テントの支柱が倒れた音だ。
テントが潰れたのだ。
頬に何か冷たいものが触れた。
テントの生地だ。
テントが潰れて冷たい生地が顔に触れているのである。
同じようにテント全員が声を出し始めた。
みんな目を覚ましていたのかもしれない。
「テントどうしましょうか?」
「ベルベル人来るか、わからないですしね」
「このまま寝ちゃいましょうかね」
この嵐の中、われわら素人がテントを修復には大変だ。
また明日のレースもあるし、今はしっかり休んでおきたい。
そんな思いがみんなにあったのか、そのまま寝ることに合意した。

そして朝になった。
日の出前に起きた。
 日の丸が気になって取り付けたところを見ると、日の丸がなかった。
どこまで遠くに行ってしまったのだろう。
あのとき、寝袋から這い出して回収すればよかった。
後悔の念が心に落ちこもうとしたとき、三宅さんが
「風に飛ばされると思ったので、回収しておいたよ」
と日の丸を渡してくれた。
よかった。本当によかった。
この日の丸はついている。
 心底うれしくて、飛び上がった。
この旗はゴールまで導いてくれると確信した。
なくなったのは靴下が片側だけ。

ステージ4は75.5キロ。
2日間を通したノンストップステージ。
サハラマラソンのメインとも言えるステージだ。

スタート地点から46.5km離れたところに設けられたCP4まで午前1時までに到着しなければならない。その後は、どこかで睡眠を取ってもよいし、睡眠をとらずにゴールを目指してもよい。
今日は、平均25%勾配の峠越え、そしてCP1。あとは順にCP6まで進んでゴールだ。

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また今日もスタート地点から大音量でいつものハードロックだ。
みんなが準備を終えるなか、俺だけ片付けが遅れていた。
まだトイレに行ってないよ。
そう思って、いつもの野糞から戻ってくると、テントの仲間は移動をはじめていた。
今日一日は長くなるし、準備をしっかりしてからいこう。
第一、スタートだってまだ時間に余裕あるし。
そう思うと、焦る気はぜんぜん起きなかった。

今日のスタートはいつもと雰囲気が違った。
まず、トップ50位まではスタート時間が3時間くらい遅いこともあり、声援を送ってくれる選手がいた。
また今日一日が長くので、お祭りのようであるし、やる気もみなぎっていた。

今日も誕生日の選手をお祝いし、いよいよサハラマラソン、メインステージがスタートだ。

せっかくだから最後方から行こうと、山崎さんと決めた。
一番後ろは、はじめからゆっくりなんだな。
はじめから歩きなんだな。
はじめから歩きだと、ゴールまですごく長いな。

最後尾にはちゃんとラクダが2頭ついていた。

じょじょにペースを上げ、飯田さん、村上さん、宮田さんと順に、併走しながら写真を撮り、ゴールで会おうと握手をかわした。

みんな笑顔で余裕があった。
まだはじめなので当たり前か。
しかし、このステージは山場なので、どこかに緊張感も隠されていた。

そして、みんなとわかれ先に行くことにした。

でこぼこしているふかふかな砂地に入った。
前の選手の影響で、砂埃だらけた。
また足をとられて時折バランスを崩しやすかった。

まばらにある植物を越えると、左手に山々が近づいてきた。
上に行けば行くほど急激な斜度だ。
この山もまた禿山で、岩石が露出していた。
また砂が風に吹き付けられたのか、裾野ほどなだらかに砂が積もっている。

前方に視線を向けると、選手の列はどうやら左手の峠に向かっていた。
またサハラマラソン恒例の山登りだ。
しかし、この峠が平均25%勾配の登り。
サハラマラソンで一番急勾配の登りなのだ。

登りが始まると、そこにはドッチボールくらいの石が転がる砂地だった。
朝に服用した痛み止めの薬が効いているのか、足裏の痛みはない。
しかし、ここで無理すると足裏を悪化させるので、石に足指を強打しないように砂地を選びながら足を運んだ。

登りはじょじょにその勾配を増していった。
サハラ砂漠特有のパウダーサンドをかぶった背の高い岩山に差しかかった証拠だ。
選手も列になり、つづら折りに登りはじめ、走るものはいなくなった。
地面の砂は、その層の厚さから足を踏ん張るともろくも崩れた。
急勾配でこの砂地なので、どの選手もペースは落ち、一歩一歩確実に登っていた。

この山道には砂がどっしりと堆積していて、多くの選手はその縁の岩石地帯を登っていた。こちらがメインか。
しかしメインルートは狭くて1列で登っている。
渋滞していた。

すると渋滞を迂回し、どっしり堆積している砂の上を歩くルートを数人が進んでいた。
このルートはさらに砂が深く、また強風にさらされていた。
転がり落ちると、下まで止まることはないだろう。
かなりきわどいルートだ。
風で砂が舞い上がるのが見えた。

先行する山崎さんがメインルートに目もくれず、そのルートを選んだ。
どちらのルートがいいか。
自分の得たい感情はどっちか。
心臓の鼓動がどきどきした。
きわどいルートに行かずにはいられなかった。

このルートは想像を絶するものだった。
後戻りはできなかった。
風がバックパックを横に押し、身体が倒れそうになった。
身体をできるだけ低くして、あおられないように注意した。
ほとんど手を砂地に着いてのぼった。
こうして絶えず身体を張って風と闘った。
強風の雪山の稜線を登るような錯覚を覚えた。
ここでバランスを崩した落ちれば命はないな。
足場がすり落ちて滑ったらどうなるのだろうか。
嫌でも緊張感が走った。
命がけだ。
足を運ぶと、砂が柔らかいのでふんばりがきかず、ずり落ちる。
ずり落ちる分を考えて、大またで進むしか方法はないか。
一歩一歩、足を進めては、息が切れ、立ち止まって息を整える。
太ももがぱんぱんだ。
そしてまたアタックだ。
分厚い砂の層が足を滑らせ、思うように前へ進めない。
心臓を酷使して、最後のひと登りを何とかこなした。
恐怖に打ち勝った喜び。
そしてやり遂げた達成感。
最高にうれしかった。

岩盤にたどりつくと、メインルートからの選手たちと合流した。
次に滑落防止用のロープが大きな岩盤に横に張ってあった。
歩く場所は分厚い層の砂地。
そこで滑落したら、また命はないか。
前の選手に続いて、両手でしっかりロープを握って俺も横にトラバース。
山頂まではまだあった。
次の登りでもまた分厚い砂の層だ。
今度は上に向かって滑落防止用のロープがのびていた。
ロープをつかみながら砂地に足を滑らせないように両腕で登った。
この岩山は山頂まで砂地だ。
辛かったが、感情の起伏が大きい分だけ楽しかった。
達成したから言える言葉だ。

雄大な眺めは、しばし疲れを忘れさせてくれた。
登りでは、展望の利く風景だけが気晴らしになる。

次はくだりだ。
一見楽に見えるが、下りのほうが実は足への負担は大きい。
レース前半のこの登りでかなり足の筋力を使ってしまった。
太ももがぱんぱんになっている。
ゴールまで気力と体力はもつのだろうか。

砂地の下りを歩き出すと、岩盤に変わった。
この下りもまた急斜面だ。
岩盤の合間を下りるルートだ。
足の踏ん張りが利かなければ転んで岩盤に強打して怪我をする。
捻挫や骨折が起きるかもしれない。
全身の血の気が引いてゆく。
しかし、ここはチャレンジしたかった。
岩盤をゆっくり下りると、足裏に力が入るので、足裏の皮がさらにはがれる。
痛みで踏ん張りきれないかもしれない。
バックパックのベルトをぎゅっと締めた。
そして勇気を出して走りはじめた。
恐怖で腰が引けると転ぶ確率が高まる。
ルートはくねくねして、先がなかなか見通せなかった。
ここは川の跡なのかもしれない。
コーナーでは足裏で岩のとんがりを感じ、痛みが走る。
痛みとともに熱さも覚えた。
スピードに注意しながら飛ぶように走った。
下りはこれまでのものより長く感じた。
勾配が急だっただけに高さもあったのだろう。
気持ちよく下っていると、とても気持ちよかった。
足と靴が仲良くなれた瞬間だ。

そしてようやく道がひらけた。
ついに下りも成し遂げたのだ。
信念さえあればなんでもできるのだ。
最高にうれしかった。

次は折り重なる砂丘だ。
岩盤で疲労した足裏を休めるには最適だった。
左右どちらにもこの砂丘が広がっていた。
気温もだいぶ暑く感じられた。
気を紛らわせようと、景色に見とれながら走った。

砂丘も終わりになるとき、前方にCP1が見えた。
まずはCP1だ。
12.5キロ地点だ。
着実にひとつずつクリアしていくぞ。
まだまだ元気だ。

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