サハラマラソン245キロへ挑戦(2008年3月28から4月7日完走!)
サハラ砂漠を7日間で245キロを走り、しかも7日分の食料と背袋はすべて背負いそれで生活をおこなうサバイバルレースである世界一過酷なサハラマラソンの挑戦記です。その後2009年チリ・アタカマ砂漠マラソン(7日間250キロ)、2010年中国・ゴビ砂漠マラソン(7日間250キロ)を完走し、2010年11月の南極マラソン250キロを完走しました!

サハラマラソンへご支援いただき、誠にありがとうございました!
文房具、Tシャツも多数頂き、サハラの村の子どもたちに渡すことができました☆

2009年世界で最も乾燥したチリ・アタカマ砂漠マラソン250キロ完走。
2010年に中国・ゴビ砂漠マラソン250キロ完走。
2010年に極寒の南極マラソン250キロを完走しました。
この経験からどんなに長い距離でも走れるテクニックを
教本「驚異のマラソン上達法」(ここをクリック)にまとめました。


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星の王子様
山頂でつかのまの戦士の休息だ。
これから進む方向を見た。
すぐにくだりだ。
CP2が見えると思っていたのだが見えない。
目を凝らしても形跡すらない。
どこにCP2はあるのだろうか。
まだ先なのだろうか。
どこか影に隠れているのか。
どこまで行けばいいのかわからない。
不安が頭をよぎる。
ショックが浮き出ていた。

下りは急斜面の瓦礫と砂地。
砂地の割合のほうが多い。
ここは一気に駆け下りたい。
そんな無茶もたまにはいいだろう。
 一気に駆け下りた。

この先もまた砂地だ。
足に負担は少ない。
追い風が吹くと、体臭の酸っぱい臭いが鼻にツンとさす。
洗濯したくてたまらない。

ここまでのコースは非常に変化に富んでいる。
変化というのは非常に身体に刺激的で楽しい。
退屈という苦痛はない。
昨日のステージはかなり退屈だった。
チャレンジングなコースは楽しさを与えてくれる。
足裏の皮はさらにむけているようだ。
砂地はとても心地よい。
ここまま砂地が続くことを願うばかりだ。
歩き続ければCP2が出てくる、それだけを信じて進むのだ。

左に家が見えてきた。
人が3人立っている
3人とも頭に布を巻いていて、ベルベル人の格好だ。
二人の男性と一人の女性。
声援を送ってくれたので、足をとめて写真を撮ることにした。
3人とも若い。
とても気持ちが良い3人だった。
女性はスペイン語で答えたので、スペイン系の旅行者のようだ。
男性のひとりはハサン、女性アイシャと名乗った。
どうやってあの女性はここまで来たのだろうか。
現地の人の家に行く旅も楽しいよな。

山登りのあとは、少ししたらCP2だと頭が勝手に想像していた。
CP2がいつ見えるのか。
それだけが楽しみだった。
地平線まで砂地が広がっている。
このどこかにCP2があるに違いない。
目を凝らしてじっと見た。
どこにも見当たらない。

ロードマップを見れば5キロ残っていることがわかるが、身体の疲労がすでにCP2まで走ったと言っている。
そのギャップにストレスがたまる。
人間の距離感は感情で決まる。

再び砂丘地帯になった。
今日はこれでもかというくらい、ここぞというときに砂丘があらわれる。
砂に足をとられ、歩く速度も遅くなる。
砂丘の熱さが足で感じられた。

この砂丘を越えたらCP2が見えるだろう。
それだけが楽しみだった。
しかし、無情にもCP2は現れず、先に見えるのは砂丘だ。

サハラ砂漠には匂いも音もない。
そこにあるのは延々と広がる砂漠に、身体を包み込む焼けた空気だけだ。
バックパックの水がなくなった。
予備ボトルの水を節約しながら飲もう。

砂丘をのぼると、砂丘の稜線に出た。
稜線を走るルートだ。
下までは50mくらいの高さだろうか。
稜線の幅は1mはない。
風が強い。
足を踏み外したら、下まで転がり落ちるだろう。
ここから見る景色はまた壮大だ。
360度大砂丘地帯。
自然とシャッターを切る回数が増える。

砂丘はじっくり眺めていると、それが動いているように見える。
錯覚なのか。
風もあるので、本当に動いているのかもしれない。

砂漠は一朝一夕にできるものではない。
これは人間が作り出した光景なのか。
砂漠化は人間の活動が原因だといわれている。
しかし人工物ではない。
これは間違いなく自然だ。
自然が作り上げたものなのだ。
自然が砂漠として生きることを選んでいるのだ。
人間の活動をあざ笑うかのように。

大きな砂のくぼみが現れた。
もしかしたらあり地獄か。
ここは絶対に足を踏み外さないようにしよう。
緊張感で背筋が凍る。

砂丘はのぼりがあれば下りもある。
ふかふかな砂の下りは足を運ぶのに不都合で、疲労がたまった足に遠慮なくまとわりついてきた。
バランスを崩しては、冷や汗が出て、踏ん張る足に疲労を感じる。
そしてまた砂丘を登る。

山へ行くというのは、山と対話しに行くのである。
山と対話しながら、山のどこかにいる自分自身を探しに行く
そうであれば、俺は砂漠と対話しているのか。
この砂漠のどこかに自分自身がいるのだろうか。

現地の子ども二人がどこから来たのかマウンテンバイクで砂丘で遊んでいる。
靴は履いておらずはだしだ。
帽子もかぶっていない。
水筒なども持っていない。

こっちとは似つかぬ格好だ。
50度近い温度に違いない。
砂は熱くないのか。
砂をさわるためにかがむ気力もなかった。

子どもたちはすがすがしい顔で走り回っている。
まるで、熱さを感じていないようだ。

もしかして、星の王子さまか?
サンテグジュペリの「星の王子さま」では
砂漠の真っ只中に不時着した飛行士の前に、不思議な金髪の少年があらわれる設定だ。
飲み水も尽きて、不安に包まれた飛行士に、その少年は飲み水など気にせず、楽しそうに質問をしていくのだ。
この砂漠で飲み水が尽きたらと思っている俺は飛行士と同じ。
そしてマウンテンバイクで遊んでいる子どもたちは、星の王子さまなのかもしれない。

ふとこんなことが頭に浮かんできた。
「王子さま」はバラの世話を通じて、バラを愛するようになる。
おれはサハラマラソンを通じて、砂漠を愛するようになる。

人は農業を通じて、大地を愛するようになる。
そして、大地を世話するようになって、地球を愛するようになるんだ。

この砂漠化は地球温暖化など環境問題だと言われ、なんとかしようと運動が起きているが、問題の糸口として、土いじりが原点なのかもしれないな。

さて彼らに手を振り、先に進むことに。
予備ボトルの水のたいぶ飲んだ。
このまま水分がなくなったらどうなるのだろうか。
乾燥した大気に身体の水分を奪われる。
のどがからからになり、そして脱水症状。
血液がどろどろに黒く濃くなってしまう。
意識がもうろうとして倒れるのか。
強烈に恐怖を感じた。
あらためて砂漠の過酷さを自覚しようとしていた。

そう思いつつ、慎重に進んでいると、遂にCP2が現れた。
なんと長いCP2だったこと。
まだ通過点にすぎないCP2だが、まるでゴールを見たかのように身体の中が熱くなった。
涙が出てきた。
よかった。
水を補給することができる。
おれはまだ先に進むことができるのだ。
まだ生かしてもらっているのだ。

そしてCP2に到着。25.5キロ地点。
ここで戦士の休息だ。
お昼ごはんを身体に補給し、歩いてきた砂漠の道を回想していた。
この大会は本当にクレイジーだ。
こんなコースをよく設定したものだ。
そして、おれは本当によくがんばっている。
自分を精一杯誉めてあげた。

CP2からゴールまでは残り15キロ。
まだまだがまんの15キロ。
そう思うと、腰が重くて仕方がない。

ずっと休んでいることもできず、膝をつきながら立ち上がり、冷たくなった汗でびっしょりのバックパックを背負った。
ペットボトルをゴミ箱に捨て、CP3に向けて走り出した。
CP3までは10キロ弱だ。
この先も砂丘が続く。

砂丘が終わると平らな硬い地面に入った。
大パノラマが広がった。
真っ青な空と地平線だ。
この地平線の先にP3があるはずだ。
足が前後方向にむくんだのか、親指の爪が靴の上側の生地にひっかかって痛い。
ひっかかるときに爪がはがれそうになるのだろう。
爪の付け根が腫れあがっているかもしれない。
また小指も靴に当たっていたい。
走ると汗がどっと流れてくる。
水分の補給が多くなる。
気温は高い。
CP3まで水分が心配になるので、歩いて水分の減る量を抑えることにした。

硬い地面はまた長い。
足首にいやおうなくダメージを与える。
疲労がたまって硬くなった足首にはねんざの可能性が高まる。
足の感覚も失いつつあった。
気力だけは失くさないようにしなければ。
こんなところでは生きられない。

散在してはえている背丈を越える植物の間を走っていく。
頭がぼーっとしてきた。
集中力が切れてきた。
あとどれだけ走ればCP3なのか。
こんなときは補給食で気分転換だ。
補給食のカシスのドライフルーツを掌に取り出した。
熱で湿っぽくなっている。
一気に、口いっぱいに含んだ。
甘酸っぱい。
元気が呼びおこされた。
べとべとの手だけが取り残された。

この砂地のところどころにタマリスクが生息している。
それ以外にもかわいらしい花をつけた植物が点在している。
まさか雨が降ったのか。
砂地が湿った色をしているのだ。

ヘリコプタが地平線の右手前に着陸している姿が視界に入った。
ということはCP3が近いのか。
目を凝らしていると、
正面にCP3の旗が揺れているのが見えた。
34.3キロのCP3に到着したのだ。

CP3のゲート前でガッツポーズで
「イエス!」
 と叫んだ。
自分へのお祝いだ。
ついにここまで来たんだ。
そして自分から先にスタッフに声をかけて、ゲートをくぐった。

残り6キロ。
小さな砂丘地帯を抜け、廃墟が出てきたら間もなくゴールだ。

CP3を出て、走りはじめたがすぐに歩いてしまった。
砂地が続くし、心がへこんでいる。
走ろうと自分を振るい立たせ走りはじめるが、すぐに歩いてしまう。
左に夕陽が見える。
たいぶ傾いてきた。
夕陽が隠れる前にゴールできるだろうか。
暗闇に包まれたらここでは迷ってしまうかもしれない。
そんな不安もよぎって再び走り出すが、すぐに歩いてしまう。

でこぼこの小さな砂丘や林のような植物地帯。
夕焼けがそれらの影を長くしていた。
砂漠から見る夕陽はなんて大きいのだろう。
時間のたつのを忘れて夕陽を見つめながら歩いた。

そして夕陽が隠れた。
夕闇が追いかけてくるのがわかった。
コースはまっすぐでいいのか。
先行く選手たちは、植物に見え隠れしている。
足跡からまっすぐでよさそうさ。
このあたりは植物がかなり生えている。
かわいい黄色い花が群生している。
その花を踏んで生命を殺してしまうのは非常に心もとないが、足が言うことを利かない。
申し訳なく思いつつ進む。
ここは花や草の香りが広がっていて精神が安らぐ。
鎮静作用があるにちがいない。
過酷な砂漠にこういう景色があると思うと、砂漠の奥深さを感じた。
砂漠といっても絶望することはないのかもしれない。

ついに廃墟が右前方に出てきた。
その大きさがじょじょに大きくなってきた。
大会の車が前方からやってきた。
そしてこっちに一声かけて、そばを通り抜けた。
「セボ?」
大丈夫?というフランス語だ。
親指を立てて
「セボ!」
と答えた。
スタッフが来ると元気になるのだ。
遠くから望遠カメラで見たとしたら、すごく辛そうな顔をしているに違いない。

背の高い植物の合間からついにゴールが見えてきた。
ゴールが見えると、本当にうれしい。
帰る場所が確認できることって、本当に安心するんだな。
一人旅をするときも宿が決まるだけでどれだけ心が休まるか。
旅では宿が満杯で断られるときもあるが、ここではそれはないので安心だ。

前後の選手とはだいぶ離れたな。
陽が沈み、たそがれた空に包まれ、今日はひとりでゴールテープを切った。
ビバーグ4に到着だ。

今日は長かった。
時間もかかったな。
ほにゃ時間も動いていたんだな。
ペットボトル3本を受け取ると、もうふらふらだ。
前方から関さん、三宅さん、澤村さん、山崎さんが歩いてきた。
「おかえり~!」
「疲れた~!」
みんなとまた再会できて、最高にうれしくなった。
疲れたと言ってる自分が元気になってきた。
そしてみんなと握手を交わした。
みんな本当にすごいや。

今日のテントはどこなのだろうか。
120個もテントが設営されている。
一番奥に設営されてたら、クリニックにいくだけでも一仕事だ。
どうやら今日のテントは手前にあるらしい。
よかった。
さっそくテントを見つけると、疲れがどっとあらわれた。

バックパックを肩から降ろし、腰を下ろした。
安堵感からもう動きたくなかった。
でもようやく中日まできたんだ。
明日がまだある。
しかし身体にムチを打ってやることがある。
クリニックで治療、食事の用意、下着の洗濯、そして寝る準備。

シューズを脱ぐと、包帯に包まれた足が悲鳴をあげていた。
またクリニックに行かなきゃ。

薄暗くなってきた。
クリニックの場所がよくわからない。
足を引きずりながらクリニック探しだ。
男性スタッフが片言の日本語で声をかけてきた。
彼はフランス人で妻は日本人とのこと。
クリニックがわからないことを言うと、笑顔でクリニックまで案内してくれた。
それから彼とはビバーグで会うたびにあいさつをするようになった。
クリニックに行くと外で待っている選手はいなかった。
まずはうがい薬のような茶色い消毒液で足を洗う。
この消毒液ではしみないので安心だ。
しかし、汚れを落とすために指が足裏のマメの裂け目から見える赤い皮膚に触れる瞬間、身体全身に電気が走った。

洗浄が終わり、自分が呼ばれると紳士に見えるフランス人スタッフが私の肩に手をまわし、
「君には若くて最高の美人を用意した」
と耳元でささやいた。
フランス人はうまいことをいうなあと思い、その指の先を見ると、そのとおりのドクターが座っていた。
足は痛いのだが、治療してもらうことに最高の喜びを感じた。
思わずその顔に見とれていた。
足裏の靴擦れは進行していて、皮がかなりはがれていた。
両端に穴を開けて赤い液体を流し込み、ガーゼと包帯で終わった。
痛み止めの錠剤をもらった。
治療も丁寧だった。
昨日治療してくれたドクターとの笑顔をかわすことができた。
ここまで来たことに、昨日のドクターも喜んでくれた。
この体験により、クリニック行く楽しみができた。
これを励みに毎日走ることができる。
走ったあとのご褒美は必要なのだ。

治療が終わってテントに戻った。
するとスタッフがテントにやってきた。
大会側作成のDVDの収録があるとのこと。
大会側用テントでひとりずつカメラの前でこの大会で感じたことをスピーチすればよいそうだ。
自分の番が来た。
「この大会は本当にマラソン大会なのか。
本当にクレイジーだ。
 足裏はまめだらけでこんな足になってしまうのだ。
 本当に最高だ!」
こんなコメントをし、テントを出たあと、自己紹介することを忘れていた。
暗闇に包まれたころ、砂漠の真ん中に突然出現したテント村。
その中央で上映会がはじまった。
初日と二日目のレースの模様がダイジェストで流れた。
本当に懐かしい映像だ。
この砂丘を俺たちは駆け抜けてきたんだな。
本当に熱かったな。
本当に長かったな。
見ている選手たちの目が、懐かしそうに、そして優しそうに見えた。
よくここまで来たな。
映像に関さんと宮田さんが出てきたときは、自然と顔がほぐれた。
30分近い大会側のサプライズもこうして終わった。
砂漠の真ん中で、満天の星空のもとのテント生活。
おれは生きている。
そう実感した。

ステージ3:9時間36分56秒。トップから6時間23分54秒遅れ。
気温19.7度、湿度24%(午前8時時点)
気温48度、湿度11%(午後12時30分時点)。
リタイア18名。
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サハラマラソンって長いんだな
4月1日(サハラマラソン:レース3日目:40.5km)
 朝になって、自分が汗ばんでいるのに気がつき目が覚めた。

 夜中に寒くて身体に包まったサバイバルシートが湿っていた。
 サバイバルシートはアルミホイルのようなものだ。
 蒸気を通さないため結露したのだ。

 寒さ対策は、サバイバルシートで解決した。
 寝始めるときに使ってしまうと、朝までに汗が冷えて風邪をひくので、夜の途中に目が覚めたら使うことにした。

昨晩は足の下にバックパックを引かないで寝た。
その影響か、足が妙にだるい。
昨日まではバックパックを引いていたので、足が高くなっていた。
その効果があったのだと認識した。
それにしても、今日は朝から足がだるい。

スタートから大音量のいつものハードロックが鳴り始めた。
今日もまたはじまるのだ。
サハラマラソンの恒例のスタート前の儀式だ。

音楽が流れると、反射的に頭の中が走るモードに切り替わる。
まるでパブロフの犬だな。
感情の起伏が激しいほど、条件反射は身体にしみやすいと聞く。

このステージはオール砂丘地帯。
距離が40.5キロと長いので、いつもよりスタート時間が30分はやい。
制限時間は12時間だ。
フルマラソンのステージと大差ないな。
今日のコースはCP1、CP2、CP3とそれぞれ13キロ、13キロ、10キロ。そしてゴールだ。
日が暮れる前には帰れるだろうな。

map3


スタート地点に向かう足取りが日がたつにつれて重くなっているのがわかった。
強まってきた日差しに背を暖められながら、ウインドブレーカーを脱いだ。

今日の誕生日の選手をお祝いし、いよいよスタートだ。
サハラマラソンスタッフMCの掛け声で、選手たちのテンションは一気にあがった。
さすが外国人、ノリがいい!興奮している!

オレは条件反射で興奮する気持ちとまだ目が覚めていない身体とのギャップでいまいち盛り上がらない。

先は長いし、少しずつ心と身体を一致させていこう。

そして、カウントダウンとともにサハラマラソン3日目がスタート!
痛み止めの効果か、足の痛みはない。
まずはくぼみと砂のわだちを走る。
そのうちに砂が深くなってきた。
砂丘の洗礼だ。
大会の車がスタックしている。
車から降りて、うしろから車を押している。
タイヤが空回りしている。

ときおり茂みに座って用を足すものもいるが、日陰など皆無で木陰で一休みなどと言っていられる状況ではない。

それを横目に先に進むと、目の前に砂丘があらわれた。
砂がやわらかいので、登りでは踏み込んだ砂がもろくも崩れ落ちてしまう。
思うように前に進めることができない。
太ももの筋肉が悲鳴を上げはじめる。
まったく足跡がないところか、人が歩いた凹み部分に足を運ぶと、砂が崩れないので力が逃げなくてよいことを学習していく。
登りきると、見渡す限りに砂丘が続いているのが見えた。
底の知れないサハラの広さに圧倒された。
洗濯板のような連続した砂丘。
高さ50mくらいの上り下りだ。
谷間に下りると、先が見えなくなり、壁のように砂丘がそこにある。
アスレチックのようだ。

登っては下りるの連続だ。
のぼりのときに筋肉に刺激を受けるのではじめは楽しくて気合が入る。
しかし調子に乗ると前半から体力が奪われていく。
汗のかき方が異常にはやく、水分を大量に飲んでいるのがわかる。
このままでは水分がもたないかもしれない。
気温もどんどん上昇してきている。

昨日は歩きによって靴擦れが起きた。
地面が砂地であることと、治療のおかげで足裏の痛みは感じない。
今日はジョギング程度でリズムを取りながら走っていこう。
このほうが足裏への靴擦れが少なく、傷みも感じない。
砂丘を走るぶんには、足裏への痛みが少ない。
走ったときの荷重を砂が吸収してくれるからだ。
ふくらはぎや太ももに張りが残っていて疲労を感じる。
天気は晴れ。風はやや後方より吹いている。

風に押してもらいながらCP1までゆっくり走っていこうと決めた。

砂丘の登りこれでもかというくらい目の前に現れる。
奥歯をきつくかみ締めて一歩一歩登っていく。
そんな辛い状況、うしろから聞いたことのある声がおれを呼んだ。
振り返ると、林さんが涼しげな顔で俺の落し物を拾ってくれて持ってきてくれた。
辛いときに仲間と出会うのは本当に助かる。
へこみそうな俺の心を助けてくれた。
しばし並走だ。

赤っぽい砂丘の遠くに横一線に黒いものを見つけた。
13キロ地点にあるCP1だ。
この砂丘が最後の洗濯板だ。
しかしCP1の先もまた砂丘が続いている。

CP1に着いた。
時間はもう12時だ。
だいぶ時間がかかった。
CP1で水を頭から浴びた。
しずくを顔面から払うとしょっぱい。

CP1を過ぎてしばらくすると、二人ずれのランナーが後ろから近づいてきた。
よく見ると、二人はロープでつながれている。
マラソン大会でよくみる盲目ランナーとサポートの組み合わせだ
もしかすると知人から聞いていた盲目のランナーか。
走るというよりも確実に歩いていた。
いても経ってもいられなくなり、足をとめて、彼らを待った。
そして二人に声をかけた。
先導の選手は欧米人だろうか。
身体が大きくてがっちりしている。
一方、盲目の選手は小柄だ。
彼は黒色のゴーグルを着けていた。
見えているかと思うほど、私のほうを見つめていた。
知人から話を聞いていたことをはなすと、彼はわたしのほうに顔を向けていた。
そして声をかけながら握手を求めると喜んで笑顔で応じてくれてた。
とても力強かった。

その後も彼らとは何度も会うことになる。

彼はゼッケン230番、Didier Benguigui(デイデイエ ベンギギ)といい、フランス人だ。
このマラソンは今回で4回目。
目の良く見えない・盲目の選手として参加している。
今回もまた前の年とおなじくAndre Baltazar(アンドレ バルタザー)選手に先導されてスタートをした。
Association Retina France(レテイナ フランス 会)の色で走っている。
この協会は、盲人、または目が良く見えない人たちの目の病気と闘う公共の団体である。
”視覚・視力の病気を克服しよう!”と書いてある小旗を持って参加している。
なお彼は541位でゴールした。

彼は段差のあるところで体勢を崩し、やはり目が見えていないということが分かった。
彼と会うとき、彼の足取りはいつもしっかりしていて励まされた。

彼が盲目であることを知る選手たちは、後ろからそっと彼の肩に手を当て、「ブラボー」と声をかけていた。

俺も砂丘の登りで彼の肩に手を当て、
「ブラボー」
と声を駆けた。
にっこり笑って
「メルシー
と答えてくれた。

陽が頭の上に来て、気温がだいぶ高くなった。
まわりの選手は歩いている。
しかし外国人の歩きのスピードはとてもはやい。
俺のジョギングと同じペースだ。
身体がだいぶ動いてきたのでジョギングペースで脚を動かし続ける。

 砂丘が終わったら、次は砂利地帯だ。
時間は12時30分をまわった。
右に絶壁の山々が連なっている。木はない。
左手には干上がった塩湖が見える。
この景色は壮大だ。
心も楽しんでいる。
アメリカのデスバレーのような景色だ。
汗の量は多い。水は1リットルくらい使ってしまった。
身体の調子はだいぶいい。

しばし小便をすることに。
風呂に入っていないので少し臭いがある。

次は絶壁の山登りだ。
この山は岩山であるせいか、近づくにつれ瓦礫が増えてきた。
足に緊張が走る。
次々に、瓦礫が親指の爪にヒットした。
あまりの痛みに声をはりあげた。
親指の爪の付け根が腫れあがっているのが想像できた。
必死の思いで歯を食いしばってすすむ。

注意深く足元を選んで進むと、どうやら次は山登りのようだ。
非常にごつごつした岩石の山。
山間のルートだ。
足をやさしく着地させながら一歩一歩進む。
両肩に力が入る。
汗の浮き出した頬を手で拭いた。

山の稜線に隠れて、なかなか山頂が見えてこない。
散在している岩の間の砂地を探して、ゆっくり着地してひたすら登る。
景色を見る余裕はなかった。

日本人テレビクルーだ。
彼らから声をかけてもらった。
彼らのおかげで毎回笑顔で声援を頂き、本当にありがたかった。
彼らがいなかったら、もっと辛いレースになったことだろう。
CPで彼らから笑顔で声をかけてもらうことが、とても励みになった。
そんな彼らから
「もうすぐ山頂ですよ」
と教えてもらった。
ゴールがもうすぐと言われると、不思議と足取りが軽くなった。
目標が間近になると、精神は強化されるのか。
それにしても、重いカメラ機材をもってこんな山道を登ってくるなんてさすが仕事人だ。

そして遂に200mの山頂だ。
たくさんの選手が腰を下ろし、自分たちの来た道を眺めている。
どんな気持ちなんだろうか。
きっと同じ気持ちに違いない。
「長かったな」
これに尽きる。

喜びを精一杯の歓喜の叫びであらわしてみたくなった。
自分への成功体験の刷り込み。
小さな成功の積み重ねが自分への自信をより強いものにしてくれる。
そんな証が欲しかったのかもしれない。
叫んでみると、とても気持ちがよかった。
全身にエネルギーが満ちてくるのがわかった。
自然がおれにエネルギーを分けてくれたのかもしれない。
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