サハラマラソン245キロへ挑戦(2008年3月28から4月7日完走!)
サハラ砂漠を7日間で245キロを走り、しかも7日分の食料と背袋はすべて背負いそれで生活をおこなうサバイバルレースである世界一過酷なサハラマラソンの挑戦記です。その後2009年チリ・アタカマ砂漠マラソン(7日間250キロ)、2010年中国・ゴビ砂漠マラソン(7日間250キロ)を完走し、2010年11月の南極マラソン250キロを完走しました!

サハラマラソンへご支援いただき、誠にありがとうございました!
文房具、Tシャツも多数頂き、サハラの村の子どもたちに渡すことができました☆

2009年世界で最も乾燥したチリ・アタカマ砂漠マラソン250キロ完走。
2010年に中国・ゴビ砂漠マラソン250キロ完走。
2010年に極寒の南極マラソン250キロを完走しました。
この経験からどんなに長い距離でも走れるテクニックを
教本「驚異のマラソン上達法」(ここをクリック)にまとめました。


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サハラマラソンの1日目が終わっていく
サハラマラソン一日目のゴール地点のビバーグ2で、ペットボトル3本をもらい、テントに戻った。
さて、今日のテントはどこだろうか?

テントの番号はいつも同じなのだが、配置が毎日変わるのだ。
3本のペットボトルを両腕で抱え込みながらうろうろしていると、今日の我が家のテントを発見!

先に帰っていた三宅さん、関さん、澤村さん、間さんと握手。

みんな疲れているはずなのに、なぜか会話が弾む。
7日間の初日だから、まだまだ力を温存していることには違いないが、それ以上に、待ち望んでいた砂漠を走ったことと、ゴールしたことで疲れが吹き飛んでいるのだ。

荷物を降ろして、上着を脱ぐと、手首から先が赤く日焼けをしていた。
ここでの日焼けは軽いやけどになりそうだってので、できるだけ肌が露出しないようなウェアを選んだ。肌が露出しているのは手の甲だった。
顔と一緒に手の甲にも日焼け止めを塗ったが、だめだったようだ。
日陰もないし、こんなに陽射しが強いのだから当然だろうな。

この大会ではビバーグでいろんなサービスが提供されている。
メール配信や国際電話、けがなどの治療のだめのクリニック。
メール配信のサービスでは、メールを一通までは無料で送ることができる。
さっそくメールができるテントに行くと、俺たちが寝ているテントとは違って、四方囲まれ、風が吹いても潰れないように頑丈そうにできていた。
その入り口から10人くらいの人が列になって並んでいた。
彼らの格好は、上半身裸にサンダルの姿ばかり。
ここは休息するための場所なので、楽な格好をしていた。
みんな充実したいい顔をしていた。
テントの中には10台のパソコンが置いてあった。
パソコンの前に座ると、事前の説明どおり、日本語フォントはなかった。
アルファベットで今日のレースを振り返りながら、その模様を書いた。
そして、応援してくれるたくさんの仲間にメールを送るために、メーリングリストのアドレスを宛先に入力し、送信ボタンを押すとエラーが出た。
日本で何度も記入ミスがないようにチェックしたメールアドレスだったので、どうやら宛先を認識しないようだ。
仕方がなく、メーリングリストを管理している仲間にメールを送った。
このメールが迷惑メールとして処理されるとは知らずに。。。


靴下と下着を水で洗って干した。洗い方は、ビニール袋に衣類を入れ、貴重な水を流し込む。じゃぶじゃぶと袋の外からもむ。洗剤は水を大量に使うのではじめから用意しなかった。
はじめのひともみで、水が一気に濁った。
サハラの砂がどんどん出てくるのだ。
それだけ粒が細かいのだ。

洗い終えると、予備の安全ピンでテントの生地に取り付ける。
これなら風が吹いても飛ぶことはない。
空気が乾燥しているので、すぐに乾くに違いない。

そして夕食の準備だ。
早く帰ってきた関さん、三宅さん、林さんが薪集めをして火をおこしていた。
薪と言っても、それにふさわしい枯れ木となると、そう簡単には見つからないはずだ。
疲れた身体で遠くまで行って拾ってきたそうだ。

その薪をありがたくもらってライターで火をつけた。
さすがに乾燥しているだけあって、すぐに火がついた。
さっそくコッヘルに水を入れて火にかざしてお湯をわかすことに。

サハラ砂漠をはじめて教えてくれたピーター・セージ氏は生煮えのパスタを食べて下痢になり、レースでは大変苦しんだと言っていた。
その教訓があたまからはなれずにいたので、お湯がしっかり沸くまで待つのだ。

そして、おなかが減っていようとも食事がちゃんとできあがるまで待つのだ。
これも健康管理だ。

初日の夜ご飯は、メニューどおり五目御飯200gとカルビ丼だ。
五目御飯のパックに、フリーズドライのカルビ丼を入れ、お湯を注いだ。
そして10分間の辛抱だ。

10分が経過し、さっそくパックを開けてみた。
湧きたてのお湯を入れただけあって、中までほかほかだ。
お湯はお米が吸っていて、みごとに完成していた!

持参したスプーンでさっそく一口頬ばることに。
お米がなんとおいしいことか。
身体が食事を欲していることがわかった。
濃い目のカルビ丼がこれまたとてもおいしかった。
生きている実感を得ることができた。
身体のすみずみまで、生き返る感じだ。
これが今日の体力回復になり、また明日のエネルギーになるのだ。
しかし、普段のレース後の食糧としては物足りない。
いつもは自分へのご褒美もあって、焼肉などをたらふく食べていた。
食糧を制限して食べる。これがサバイバルレースなのだ。

逆に、間さんは今日のレースでバックパックの重さが相当身体こたえたようで、軽量化するために食糧を見直していた。
食糧はカロリー制限があるのだが、カロリーに余裕を持っていれば減らすことは可能だった。彼は最終日までの日数を考え、余分になりそうなものを捨て始めた。

夕陽が落ちる景色がものすごくきれいで、生きているということのすばらしさを感じた。

あたりが暗くなっても、戻ってこない仲間がいた。村上さんと飯田さんだ。

「ゴールまで迎えにいかない?」

仲間に誘ってみるや、先にゴールした仲間6人でゴール地点まで行くことになった。
やぱりみんなが仲間の帰りが心配なのだ。

ゴール地点にいくと、まだ姿はなかった。
戻ってくることを待つことにした。

しかし姿がなかなか見えないので、ゴールから先に歩くことにした。
あたりは薄暗くなってきた。

なかなか姿が出てこない。
大丈夫かな?

陽が沈んでいった。
そうしていると、遠くから人影が現れた。
暗いのでシルエットしか見えない。

そのシルエットが近づいてきた。

「おお!あれは、のりちゃんとくみちゃんだ!」

ついに元気な姿で二人が現れた。

「お疲れ~!」

「暗くて道に迷いそうになっちゃったわよ~」

と元気な声で語っていた。
ゴールを確信したその声は非常に元気。

そして、みんな一緒にゴール。


彼女たちのゴールには感動させられた。
涙を浮かべたものもいた。
どうして感動するのだろう。
同じ景色を見て、同じ辛さを味わい、同じ灼熱の大地を走ってきた仲間の喜びが自分のことと重なるからなのだろうか。
仲間が同じ道をゴールし、喜ぶ姿には感動を覚えるんだな。

日本人参加者10人は初日から全員が元気にゴールでき、その喜びを分かち合うことができた。
この瞬間を味わうために走っているのかもしれないな。

同じ距離を同じ条件で走るのはみんな同じだ。
先にゴールすれば早く休めるが、それだけ肉体を酷使する。
また順位を求め疲労は蓄積されていく。
あとにゴールすれば、長時間サハラの強い日差しと格闘しなければならず、体力は少しずつ奪われていく。
とちらにしても過酷だ。

大会初日から大砂丘地帯の洗礼を浴びたな
サハラ砂漠の砂は海岸の砂とは異なり、粉のようにほんとうにさらさらだった。
こんな砂の上は走れない!と思っていたら、トップ選手は軽快に走っていたみたいだ。
この大砂丘は言葉に言い表せないほど壮大なスケールで、五感で感じながら駆け抜けたランナーにしか、このすばらしさはわからない。
こんな景色に出会うことができて本当に感謝だ。

思い思いに寝る準備をし、荷物を端っこに追いやり、シュラフを広げて眠りについた。

 夜に砂まじりの強風で、テントの端のつっかえ棒が倒れ、端っこで寝ていた間さんが寝れなくなり、眠い目をこすりながら修復した。


 明け方になると急激に冷え込んでくる。今回は気温が6度まで下がった。8度までのシュラフだったのでさすがに寒くて目が覚め、サバイバルシートに包まってシュラフに入ったら快適だった。

 チェックポイントごとにもらう水はほとんどタンクに入れ、飲み水用にしたので、脱水症状になることはなかった。
 今回の日本人10人はひとりも脱水症状にならず、点滴も打たなかった。


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これがサハラなんだ
サハラマラソンのチェックポイントでは、ドクターが選手の目を見るために、サングラスをはずすように要求する。
これは脱水症状の確認のひとつに目が落ちくぼんでいるかを見るという方法からだ。
オレの目も落ちくぼんでいたのか、塩タブレットを取るように注意された。


途中は塩タブレットをとらなかったしな。


いつでも取り出せるようにウエストバックに入れていた塩タブレットを6錠を口に入れ、水を口に入れた。


これは噛むのか??それとも飲み込むのか?


わけもわからず、噛んでみた。


タブレットの表層が破け、中から噛むとぼろぼろくずれる固形物が顔をあらわした。


しょっぱいような苦いような。


けしておいしい味ではないので、一気に飲み込んだ。
口には後味の悪いしょっぱさが残ったので、水をまた飲んだ。

この苦さで気合が入った感じだ。

さてCP1を出発するか~!!

ゴーグルをかけなおすと、スポンジが汗でびしょびしょで濡れいた。
このスポンジは砂嵐などが目に入らないようにふさいでいるものだ。


この感触はめちゃくちゃ気持ち悪い。
でも少しすれば慣れるに違いない!


出発すると、背丈を越える青々とした植物が乾いた大地に点在していた。

こんなところにも植物があるのか。

少しであっても植物の合間を抜けて走るのは気持ちがよい。
植物がエネルギーをわけてくれているかのようだ。
短い距離だが、軽やかに走りぬけることができた。


それを越えると2番目の砂丘に通じる岩石の多い平地だ。岩石が割れたような破片がごろごろ転がっていて、岩石の黒と砂の黄色の土砂漠だ。
熱のせいだろうか。その黒い破片はまるで溶け出しているかのように、てかてか光っている。
これはたぶん、火山が造り出したものではないか。
溶岩が固まって岩石ができ、数世紀にわたる風化によって崩された山々の岩石が、大量の流水によって散乱して礫の平原を造ったのではないだろうか。 

太陽をさえぎるものはなにひとつない。
空の青さが尋常ではない。上空に不純物が舞っていない証拠だ。
陽射しの強さも手を貸して、深みのある蒼に視線が奪われる。
地平線の向こうまで選手の列が続いている。走る選手や歩く選手、ひとり黙々と進む選手や、仲間をおしゃべりしながら進む選手。追い抜くときに、声や笑顔を振舞う選手など。

この平地はとても長い。
シーンと静まり返っている砂漠の中で聞こえるのは、風の音と自分の足音だけだ。
時間は昼時。
気温がどんどん上昇し高くなった。12時で気温36.8度、湿度18%。
風がまったくなくなると、非常に熱い。身体が苦しい。汗の流れかたが異常になり、頭に弱い痛みすら覚えた。

「根性だけでは完走できないんだな」
身体との対話を頻繁にするようになり、そう思い始めた。
身体が無理といったら、照明弾を打ってリタイヤを選択しなければ、死の危険だったあるのだ。
そのあたりの木陰で休んでゆっくりしようなんて考えられないのだ。
このサハラ砂漠はそういう環境なのだ。
サハラマラソンの過酷さに恐怖すら覚えた。

この平地は風が息をたくさんしている。
風が吹くと、湿度が低いため熱さは感じず、涼しい。
風は強いときもあり、粉のような砂が舞い上がって風の通り道がよくわかった。
遠くできた竜巻が近づいてきて、100mくらい前を通過した。
ここは灼熱地獄だ。
干上がった川を越えた。
水なしには生きていけない。
どのくらい進めばCP2が出てくるのだろうか。
疲労からか走ることができない。
外国人選手の歩きは早い。一歩の距離を稼ごうとして歩幅を広く取ろうとすると、膝やももに負担がかかる。短い足をフル回転させないと追いつけない。
しかしレースはまだ初日。無理することはない。
選手みながそう思っていた。
熱さに耐えながら、頭をもたげ足元をひたすら見続ける時間が過ぎていく。
CP2に着くことだけが唯一の目標だ。

10kの平地は足をとめなければいずれは終わるものだ。
大きなわだちを横切り、遂にCP2が小さな丘の間に現れた。
やった。遂にCP2まで来た。24キロ地点だった。
ここで1.5リットルの水を補給だ。
バックパックを開けてみると、水はほとんどなくなっていた。
ここでも塩タブレットを噛み砕いた。しょっぱくて苦かった。
CP2を過ぎると残り7キロ。
CP2でだいぶゆっくりしたので、俺の前後で選手との距離は100mはあるだろうか。この位置では選手はまばらだ。
この状態で夜を迎えたら怖い。
遠くに砂丘地帯が見えている。
砂の平地を過ぎれば最後の2キロ砂丘地帯だ。
空にはサーマルによる雲がぽつぽつできている。
風が5mくらい吹いている。
 風が冷たく感じられるので、涼しくて気持ちよい。 
この平地では岩石がいくらか大きく、干上がった川を越えると、土っぽい地帯にはいった。
とげとげした草が目に付いた。ラクダの牧草地だ。
砂漠では葉っぱのような大きさになると、水分が蒸発するため、とがった葉っぱなのだ。
とげだらけの植物でも春になると色とりどりの花をつけて、別世界のような景色になる。今が春だ。
その合間に、砂と同化したトカゲを発見した。
砂漠で見たはじめての生物だ。
「こんなところにも生物がいるんなんて」
そのあともトカゲは数匹を見ることができた。

砂丘の手前に車がみえる。大会の車か?
CPはもうないはずだ。まさかゴールってことはないだろう。
脱水症状で倒れた選手がいるのか。
小さい砂丘が見え始めた。
あいかわらずまだ熱いな。

車まで来たがやっぱりゴールではなかった。
彼らに
「おーけー!」
とうつむき加減の頭を上げて力を振り絞って笑顔で叫んだ。
言霊とはよくいうな。「OK!」ということで、元気になるから不思議だ。

砂丘の上に選手が見える。
ついに最後の砂丘だ。
最後と思うと、おなかが少しすいているのに気が着いた。
身体のセンサが再び息を吹き返してきたのだ。

この砂丘はスタート直後の砂丘と異なり、手を使わないと登れないくらいの高さ数十メートルの急な砂丘の上り下りの連続だ。
下りはまるでジェットコースターのような絶壁を駆け下りた。
急斜面の砂丘には、無数の波紋がありきれいだ。
風により、その波紋が動いているのが分かった。
また砂を崩すと、砂時計の砂のようにさらさらと紋様が広がっていった。
砂の粒が細かいから起きる現象だ。

また砂丘の稜線を境に、風がのぼるには波紋が広がり、くだる側ではでこぼこひとつなくきれいに整地されていて、芸術的だ。
風が強いので、砂が飛んでいく様子がきれいだ。
そして、今つけたばかりの足跡が風に洗われるようにしてみるみる消えてなくなっていく。
砂漠に自分が来た証なんて残せやしないんだな。
ダイナミックな自然を前にすると、ちっぽけな自分の存在を思い知らされる。

上りは足の力が抜けていくのを歯がゆく感じつつも砂を崩しながら登る。
下りも当然、急斜面だ。転んだら下まで止まることはないだろう。
スキーでショートターンをしながらふかふかの深雪の圧を感じるように、砂の急斜面をふかふか感じながら下った。このとき足首まで砂に埋まり、気持ちがよかった。

ここまで来ると、選手はちりちりばらばらになり、足跡がゴールまで導いてくれる。もしここで暗くなったら道に迷ってしまうと思うと、気が狂ってしまいそうで背筋がぞっとする。

そうして砂丘ののぼりくだりを繰り返し、砂丘の頂にたつと、砂丘が終わるその先の低地に黒いテント群が見えた。今日のゴールだ。ビバーク2だ。
並んだ外国人選手が
「almost finish!」
と言って声をかけてくれたので、
「Yes!」
と親指を立てて笑顔で返事をした。

たくさんの選手がそこで足をとめ、ゴールを眺めていた。
とても感慨深く、心の底からうれしさがみなぎってきた。
もう少しでこのステージが終わるのだ。

とゴールが見えてから、なかなかゴールに着かない。
時間は16時を過ぎて陽が傾いてきた。
おなかがかなりすいてきた。
顔がじりじりし、目もちかちかしている。
強い日差しで日焼けしたのがわかる。

砂丘を下りながら、見知らぬ選手どうしで声をかけあった。
ゴール手前の砂丘の上で、よく知っている日本人が現地の子どもと遊んでいるではないか。
彼の走力なら余裕だよな。

「なにやってんだ?少年?」
いたずらっぽく声を張り上げで聞いてみた。
「子どもたちが勝手に集まってきちゃったんですよお」
走ってきたとは思えない元気な姿だ。
彼に声をかけたおかげで、元気をもらえた。最後のひとふんばりだ。

すると目の前にジェフの姿が。
ワルザザードでバスに乗り込むときに声をかけてきたアメリカ人のジェフだ。
「おお!ジェフ~!」
「こんにちは!一緒にゴールまで走りましょう」
彼の足取りはしっかりしていたが、顔はかなり疲れた表情だ。
彼の腕をとり、両手をあげて最後の50mを走った。

「これをやるためにここに来たんだ」

そして、ゴールテープを切った。

お互いに喜び、握手し健闘をたたえあった。うれしかった。

今日のステージをゴールできたこともうれしいし、他の選手と一緒にゴールできたこともうれしいのだ。

記録は6時間38分。トップから4時間遅れだ。

初日なので体力温存で走ったので疲労感はほとんどないが、距離の割には時間がかかったな。

これが砂漠のペースなのだな。

リタイア5名

テーマ:マラソン - ジャンル:スポーツ

砂丘の洗礼
スタート地点は柵で丸く囲まれていた。
その先端にはスタートゲートだ。

遂にサハラマラソンのスタート地点に立つことができたんだ。
そう思うと涙があふれそうになった。
スタート地点に立つことが目標と言った人もいた。

この場所を夢見ていたが、交通事故に会ってしまい断念した人もいた。
たくさんの人に支えてもらいながらここに立っていることに感謝だ。

柵がオープンする前に、日本人全員で記念写真を撮った。
みんな笑顔で浮かれていた。
そりゃそうだ。待ちに待ったサハラマラソンがいよいよはじまるのだから。
この仲間と一緒に最後のフィニッシュラインを切って、最高の喜びをともに分かち合いたい。
そう心から思った。

ふと隣を見ると、両親と奥さんらしく家族が応援にきている選手がいた。
地元モロッコの選手だろうか。
バックパックには家族の写真の旗をつけていて、特に子どもがかわいらしく写っている。
お父さんなんだろう。
その子どもも応援に来ていて、抱っこしながらスタートにいられることに感謝しているようだ。
とても微笑ましい。

start_tyokuzen


そして大会スタッフにチェックを受けて柵の中に入った。
いよいよスタート地点に昨日の健康チェックをクリアした801名の選手が集合したのだ。
みな思い思いの格好で、半そでの人もいれば長袖の人もいる。
短パンの人もいれば、長いスパッツの人もいる。
肌が露出している人は、日焼け止めが塗りこまれているのか白くなっている。
みなが同じなのはバックパックを背負っていることと、サングラスだ。
しかしバックパックだけの人もいれば、ウエストバックとバックパックでバランスをとり、
左右のショルダーストラップに水ボトルをつけている人も多くいる。
砂対策のスパッツも大会側が販売している足元から足首までのものや、
ひざまでの長いものをつけている人もいる。
手にはストックを持つ人もかなりいる。

スタート前には、大会側のマイクパフォーマンスだ。
マイクを持った男性と女性が車の屋根に上り、男性がフランス語であいさつ。
次に女性が英語で通訳だ。

はじめに選手の番号と名前が呼ばれた。

「一体、なんだ?」

次の瞬間バースディ音楽が流れてきて、選手みんなで歌を歌った。

「なるほどね。
 誕生日のお祝いは会場を盛り上げるのに最適なのかもしれないな。」

抜けるような青空の中をヘリが舞い、各国のメディア達がスタート地点に押し寄せる。
セレモニーが始まり、高揚感を誘う大音響の音楽が辺りを覆いつくした。
コースや制限時間の説明をしているようだが、興奮冷めやらぬ雰囲気もあるし、
スピーカー自身が興奮していて、内容がよくわからなかった。

そしてついにフランス語でカウントダウンがはじまった。

「トロワ ドゥ アン」(3 2 1)

「スタート!」

選手たちが雄たけびをあげ、245キロのサハラマラソンのスタートが切られたのだ。
今日はどんなコースが待っているだろうか。
7日間はどんなレースになるのだろうか。
みなが軽快に、興奮して走り始めた。
誰もが笑顔だ。

ヘリコプターが横向きで低空を我々に向かって近づいてきた。
ヘリコプターのばたばた音が近づくにつれてどんどん大きくなり、さらに興奮させる。

ドアが開いていて、カメラマンがカメラをこっちに向けて乗っているのが見える。
手を振って元気なポーズを送った。


まずは一歩一歩。
その感触を確かめるようにゆっくり走り出してみた。

「ついに砂漠を走ることになったんだな」

先には、白っぽい砂でできた大砂丘が見える。
それがあざやかな青空と対比されて浮き出て見え、まるで絵画のようだ。

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スタート時の荷物は12キロに水2リットル。
バックパックの構造上、腰で重さを受ける作りになっているので、肩への負担はほとんどない。また背中との隙間も少ないので、バックパックが背中と一体になっていた。
レースがはじまった興奮も手伝って、身体に負担を強いるような重さには感じなかった。

「湘南海岸で走った練習どおりの感覚だ。
 結構、いけるかもしれない」

はじめはそう思えた。

スタート直後の土漠と思っていたその地面は、先行くランナーによっていたるところで砂が荒れていた。
そんな地面を走ると、地面を蹴ったときに砂が崩れて足をとられるのだ。
土漠は表面が硬そうに見えるが、その下層は砂地なのだ。
湘南海岸で練習したことを思い出した。
アスファルトと同じように走ったのでは、地面が崩れて力が逃げてしまうのだ。
足を地面に置くようにぺたぺた走ることにした。


1キロの平地を走ると、遂に砂丘地帯に突入した。
これから13キロのシェビ大砂丘越えだ。

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砂丘地帯は砂がこまかくて、とてもとても走れる状態ではない。

「海岸の砂とはわけが違うな」

風強くと、細かい砂が素肌に当たってちくちくくすぐったかった。
砂は新雪のようにふわふわしている。
足元がへこむさまに目をやったり、自分の足音に耳を澄ましたりした。
ひたすら歩き続けているうちに、いつの間にか楽しい気分になった。

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サハラの砂は粉のように細かいので、走るときには地面を蹴らずに足をそっと運ぶ技術がいる。ストックを使っている選手もかなりいた。
選手は思い思いのペースで走るので、アリが巣に向かうかのように一列になって進んでいく。この中にいれば道に迷うことはない。
砂丘の山は急斜面であり、立ち往生したり、よつんばになってのぼる場所さえあった。

 そして小高い砂丘のてっぺんから見る眺めでは、ずっとずっと砂丘の景色が続いていて、地平線のかなたまで砂丘と選手の列だ。
 砂丘の向こうは、海と見間違うかのような光景だ。
 興奮しながら一休み。
知らないものどおしが声をかけあっての記念撮影がはじまった。
青空の中にある太陽がとても大きく見え、砂漠のコントラストが強烈だ。
この延々と続く大砂丘群は、今まで見たことがない壮大な景色だ。

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青い空に映えた大砂丘は、ものすごくすばらしい景色だ。
砂丘での歩き方にだいぶ慣れてきた。
砂丘のコースは登ったり下ったりの連続だ。
下りは調子に乗って駆け下りる。
転んでも痛くなさそうなので、気持ちよく風に乗れて最高だ。

ただ先の景色は丘の上に上るまでわからない。
いつまでもチェックポイント1(CP1)が見えなくて不安になる。
永遠にこの砂丘を歩き続けるのではないだろうか。
聞こえるのは自分の呼吸だけだ。
汗の量も増えてきた。
登りでは前を行く選手のうしろをただひたすら歩き続けるのみだ。

sakyu_walk



 もう砂丘の後半に来ただろうか。
 足取りが重くなった。
 まわりの選手の顔からも笑顔が消えていて、もくもくと歩いているのがわかる。
 砂丘の景色は壮大だが、みんな飽き飽きしていた。
 いい加減に早く終わって欲しいと思っているに違いない。
 俺もそうだった。
 小高い丘に登るたびに、CP1を探し求めるが見えない。
 しかしあせても仕方がない
 13キロの大砂丘を歩くのは忍耐と平常心が必要であることを諭された。

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飽き飽きしだしたときには、集中力が切れかかっているので、行動食として、ソイジョイと黒糖をひとつまみ口にいれ、疲労回復だ。
こまめに背中のスポーツドリンクを飲んでいたせいか、遂にそれがなくなった。CP1までの距離があとどのくらいわからない。
不安がよぎった。
水分不足で死にそうになりながらゴールした人の手記が脳裏をよぎる。
おなかに付けたボトルをこぼさないように、大事に飲んでいくことにした。

さらにシューズをきつく感じるようになった。
足と対話してみる。
「足指が曲がらないな。砂が入ったのか?それともむくみか?」
足は元気だが、窮屈さはなくなりそうもなかった。

足もとしか目に入らない時間が続き、砂丘も小さい山が増えてきたことになって、ふと視線を上げると、遂に砂丘の向こうにCP1が見えた。14キロ地点だ。

stage1_CP1


ようやくシェビ大砂丘を抜けるのだ。
ようやく砂丘を抜ける思うと、身体が軽くなった。
ずっと歩いた砂丘群。ロードブックによるとこの先は平地のはずだ。
CP1のゲートに到着した。
「やった!」
心が小躍りした。
元気はまだまだある。
まだまだ前半だ。
7日間の力を温存しながらなのだ。

きれいなフランス人女性スタッフと笑顔であいさつ。

チェックポイントなので、記録を読み取る装置に、電子クリップを近づけて
「ピッ♪」
と反応したらおっけー!

そして、スタッフが
「サングラスをとってください」

なぜ?

そして

「塩タブレットを6錠、飲みなさい」

塩タブレットを取るように注意された。
もしかして、脱水症状気味なのか?

スタッフはボランティアで参加しているドクターでもあり、目を見て脱水症状がないかの体調チェックをしてくれているのだ。
脱水症状の確認として、目が落ちくぼんでいるかを見ているのだ。

このチェックポイントで水3リットルを受けとり、カードにパンチしてもらってチェック完了。

stage1_CP1_gate


車にタープを張っただけの日陰にはすでに選手で満員だ。
シューズがきつく、足指が曲がらないと感じながら後半は歩いてきた。
地面に座り込み、そこでゲートルをはずしてシューズを脱いだ。
砂はまったく入っていなかった。途中、シューズを脱いで砂を出している選手もいた。
ゲートルとゴアテックスのシューズは最高の組み合わせだ。
 とすると、足がむくんだせいで、シューズがきついのだ。
 大きめのサイズの靴で、トレランで使う中厚ソックスを2枚ばきしたが、中盤から足の指がむくみはじめ、くつ先端部が上下方向に窮屈になった。

靴下2枚履きを1枚脱ぐことにした。1枚になったことで靴紐がゆるんだので、しっかり締めた。

 2本分のペットボトルの水をバックパックの水タンクに入れ、入らない量の水で顔を洗った。
顔から噴出した塩分でしょっぱかった。
 さらに、塩タブレットを4個噛み砕いた。しょっぱくて苦かった。1.5リットルの水に対し、塩タブレット6個飲むように大会側から言われているのが、あまり考えていなかった。
塩を補給すると、水分の吸収が高まるため、脱水症状を防ぐことができるのだ。



 CP1ではスタート前に水を入れておいたアルファ米100gを食べた。バックパック上部に入れておいたため、中身はあたたかくなっていた。
 非常においしいお昼ご飯だ。
 サハラマラソンのお昼ご飯は自分で用意したこれなのだ。

 エイドステーションなどないのだ。
 何を食べるかは、はじめからわかっているので、楽しみは少ないが、食べなれたものを口にした瞬間、一気に体中の感覚がよみがえってくる。
 全身にエネルギーがみなぎってくる。

 このお昼がゴールまでのガソリンだ!

 そんなお昼をこれから毎日、食べるんだなあ。



脱水症状とは:

 大量の汗をかくと体の水分が不足する。血液中の水分が少なくなると、血液が濃縮し心臓の負担が大きくなるのだ。また、血液が粘稠になって末梢の毛細血管を血液が流れにくくなり、組織に酸素が十分に行き渡らなくなる

 さらに、全身の細胞の中の水分も失われるようになると、各細胞の働きが十分でなくなり、各臓器(内臓、筋肉、神経など)の働きが低下する。
 これらが深刻になると、代謝が正常に行われなくなり、からだが酸性に傾いたり、筋肉や血球などの組織が破壊されるのだ。
 こうして体の機能が著しく低下すると生命の危険がある。

 また、汗の中にはナトリウムなどの電解質も含まれる。
 このため、大量の汗をかくと電解質のバランスも崩れ、力が入らなくなったり、筋肉のけいれんが起こったりする。脱水により尿量が極端に少なくなると、腎臓で濾過されるべき老廃物質が血液中に残り、腎不全の状態になる。重度の場合では意識レベルの低下や昏睡を来す。

 脱水によって血管内の水分が極端に少なくなると、血圧が下がってショック状態となる。

 ショック状態になると、意識を失って倒れ、顔が蒼白になり、冷や汗をかいて皮膚は冷たくなります。軽度の場合には、冷や汗をかいて気分が悪くなり、動悸がしたり吐き気がしたりします。点滴で水分を補給することで回復しますが、重度の場合には後遺症を残す可能性もあります。

ついにスタート☆
3月30日(サハラマラソン:レース1日目 29.3km)
朝6時前に目が覚めた。
サハラマラソン、スタート当日の朝が来た。

あと数時間後には待望のサハラマラソンがスタートするのだ。
この日をどれだけ心待ちにしてきただろうか。
どんなドラマがこれからはじまるのだろうか。

start_sunrise


それにしても砂漠の朝はさすがに寒い。
息が白い。
寝袋から出るのがおっくうになる。
アンダーウェアの上下とウィンドブレーカーを着たまま、朝食の準備。
この朝から食糧自給生活なのだ。
すでにレースがはじまっているのだ。

どこからともなく、青いウェアを着たベルベル人スタッフがテントの撤収にきた。
肌が黒っぽくて鼻が高い。
背が高いものもいた。
彼らは、選手たちに有無を言わせることなく、テントの撤去作業をはじめた。
たとえ選手たちの荷物が片付いていなくてもベルベル人達はあくまでもマイペースだ。

遠くのテントが撤収されているのが見えた。 
テントがなくなった光景は実に無残。
運動会のあと、学校の校庭の真ん中に広げた敷物が自分のだけ取り残されたような、情けない光景に見えた。

その数分後に、われらのテントにも来た。
しかしわれらのテントは片付けがまだまだ時間がかかりそう。
そこで、片付け終わりそうなほかのテントを指差したら追い払うことに成功した。

さて、初日の朝にはお祝いの赤飯とさんまの缶詰と決めていた。
1日2000kcalの規定に従うためには、毎朝2人分の200gを食べる必要があった。
朝はしっかり食べておく参戦だ。
缶詰は初日朝に捨てれば重さは関係ないのだ。

前日の寝る前に、赤飯に水を入れておいたのでご飯は冷たいながらもできあがっていた。
これが今日のオレの燃料だ。
さんまの缶詰のタレを赤飯にかけ、一気に食べた。
朝8時の気温は20.8度だ。
今日のスタートは9時と大会ボランティアスタッフが言いに来た。

レースで重要なのはなんといってもレース中の水分だ。
ウォーターバックには、飲みなれたスポーツドリンクの粉を入れ、水を2リットル注ぎ込んだ。
これで命の水が完成した
おなかに1リットル用ボトルを予備用として塩水にした。

またベルベル人がやってきた。
まわりのテントは片付けられている。
今度は追い払うことはできなそうだ。
荷物の乗った敷物を外に引きずり出され、あっという間に無残な姿に。
もともと砂漠の真ん中なので、ここにテントがあることは不自然なのだな。

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ウィンドブレーカーとアンダーウェアーを脱ぎ、レース用の半そでウェアとスパッツに着替え、アームウォーマーをつけた。
これは日焼け対策もあるし、腕に加圧しているので、マッサージ効果で腕や肩が疲れにくくなるために使用した。
マラソンは後半になると、腕や肩がだるくなるのだ。

靴下は2枚履きだ。
大きめのシューズに足を入れ、丹念にひもを締めた。
そのとき、砂侵入防止用のゲートルを先に足を通すことを忘れてしまった。
他の仲間も同じようにやっていた。
ひもを緩めてシューズから足を出し、ゲートルに足を通してひもを結んだ。
そして、ゲートルのマジックテープをシューズのところに合わせて準備万端。
この作業に手を抜くと、レース中に砂が入ってくるだけでなく、靴擦れをおこして足裏にマメを作ることになるのだ。

さらに忘れちゃいけないのは、日焼け止めだ。
陽射しがめちゃくちゃ強く、そしてさえぎるものがない灼熱の大地。
全身やけど状態となって、ドクターからリタイヤを宣告されてはたまらない。
以前、そんな人もいたらしい。
唯一皮膚が出ている顔に日焼け止めを塗りこんだ。

スタート地点からハードロックサウンドがガンガン流れてきた。
AC/ADのYou shock me all night longだ。
この高揚感あふれるリズムで、心臓の鼓動が大きくなり気分が猛烈に高まってきた。

三宅さんとロードマップを見ながら、本日のスケジュールの読み合わせをした。
南東に進み、サハラ砂漠の見どころ「シェビ大砂丘」を越えてCP1まで14キロ。南下してCP2まで24キロ。そのまま南下してズナイグイ砂丘を越えてゴールまで31.6キロだ。

さて、スタート地点に移動するぞ!

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